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  • 2014.11.20

デビュー10周年を迎えた全日本プロレスの暴れん坊!! 諏訪魔が考える「挫折とは何か?」【前編】

2004年の10月にデビューし、今年で10周年を迎えた全日本プロレスの諏訪魔。11月29日には地元・神奈川県の藤沢市で10周年記念興行も開催する。入団当時からエース候補として期待されていたが、昨年の分裂騒動でもいち早く全日本残留を宣言するなど、名実ともに全日本の看板を背負う存在となっている。今回のインタビューでは濃密な10年間の道のりを振り返ってもらった。(収録日:11月7日)
「挫折してから、『こんちくしょう!』と思って、
必死にやっていくっていうのが自分のスタイルだからね」

──まずはデビュー10周年おめでとうございます!

 

諏訪魔 ありがとうございます。

 

──この10年というのはいかがでした?

 

諏訪魔 まあ、あっという間の10年ですね。しかし、濃密だったねえ。

 

──濃密だった(笑)。

 

諏訪魔 うん、濃密の一言だね。

 

──10年前にプロレス界に入ってみて、自分が考えていた理想と現実でギャップを感じたことはありますか?

 

諏訪魔 やっぱり、やってみなきゃわからないし、入ってみないとわからないからね。たしかに華やかさのある世界だけど、いろいろな苦しみもあったし。ギャップだらけの業界だなとは思ったね(笑)。

 

──例えば、練習なんですけど、諏訪魔さんはアマレスをバリバリやってから入ってこられたじゃないですか? キツさとか感じたことはあります?

 

諏訪魔 いやぁ、キツかったっスよ。やっぱり、アマレスとはまったく別の競技だからね。後ろに取る受け身だとか、独特のものがあったから、そういう部分では戸惑ったね。

 

──諏訪魔さんをもってしても。

 

諏訪魔 うん。ほかの練習生のほうが受け身は巧かったりしたからね。

 

──当時一緒だったのは雷陣明さんですか?

 

諏訪魔 そう、雷陣。まあ、5人入ったんだけど、みんな辞めていっちゃったからね。

 

──諏訪魔さんと同期の練習生って、そんなにいたんですね。でも、厳しい世界ですから、ドンドン淘汰されていってしまうわけですけど、入る前に考えていたよりも、凄い世界だなっていう感じでした?

 

諏訪魔 可能性がある世界だなとは思いましたね。でも、何も考えないでいたら、当然飲み込まれていってしまう世界だなというのは感じたし、そこはいまでも闘っている部分ですけどね。常に気をつけなきゃいけない部分ではあるんですけど。

 

──飲み込まれてしまう。

 

諏訪魔 うん、成功するにはただボーっとやっているだけじゃダメってことだよね。

全日本プロレス『2014 世界最強タッグ決定リーグ戦~諏訪魔デビュー10周年記念チャリティー藤沢大会~すわまちおこしVol.4~』                        
■2014年11月29日(土) 神奈川・藤沢市秩父宮記念体育館 試合開始/16:00        

[記念試合]
諏訪魔&青木篤志
vs
ジョー・ドーリング&佐藤光留        

[『2014 世界最強タッグ決定リーグ戦』公式戦/30分1本勝負]                            
秋山準&大森隆男                        
vs
潮﨑豪&宮原健斗
                        
[『2014 世界最強タッグ決定リーグ戦』公式戦/30分1本勝負]                        
曙&吉江豊                        
vs
KENSO&長井満也

[GAORA TV チャンピオンシップ/60分1本勝負]
〔第4代王者〕
鈴木鼓太郎
vs
土方隆司
〔挑戦者〕
※鼓太郎は4度目の防衛戦

[タッグマッチ]
ウルティモ・ドラゴン&江ノ島マン
vs
SUSHI&石井慧介

[シングルマッチ]
中島洋平
vs
南野タケシ

[シングルマッチ]
渕正信
vs
野村直矢

──なるほど。でも、諏訪魔さんは記者会見もやり、将来のエース候補という触れ込みで入団してきたわけじゃないですか? 周囲からの期待はほかの練習生とは違っていたし、プレッシャーも相当大きかったんじゃないですか?

 

諏訪魔 会見までしてもらって、いい待遇で入門しましたからね。当然、ハードルは凄く高かったよね。求められるものも。で、「ネクスト・ジャンボ」なんて呼ばれてね(笑)。

 

──呼ばれてましたね(笑)。ジャンボ鶴田さんと同じ中央大学レスリング部出身でしたからね。

 

諏訪魔 こっちは、「うわ~そんなふうに思ってねえのによ」って思ったけどさ(笑)。でも、とにかく高いものを求められて、それに必死で応えよう、応えようとした日々だったなって思う、入った頃は。

 

──デビューしてすぐにベイダーや佐々木健介さんのような大物とシングルマッチをやったり、タイトルマッチをやったのも早かったですよね?

 

諏訪魔 やったね。たぶん、最初のタイトルマッチは武藤敬司&諏訪間幸平組vs太陽ケア&ジャマールの世界タッグだよ。

 

──2005年の22後楽園ですよね。ついていくのが必死という感じだったんですか?

 

諏訪魔 必死でもあり、楽しくもあったよね。充実感があったし、両方の気持ちを感じていましたよ。

 

──つまづきを感じたことありました?

 

諏訪魔 つまづきかぁ……? まあ、佐々木さんにボコボコにされてアゴを折られたり、そういうのは当然あったんだけど、例えば諏訪間幸平時代、ブードゥー・マーダーズに入る前ね。つまづきっていうのとは違うのかもしれないけど、ある程度、惰性でプロレスをやっている時期っていうのが一番怖いね。もしかしたらいまもそうなっているのかもしれないけど、惰性で普通にプロレスをこなせているときが一番怖い。

 

──それはどういう怖さなんですか?

 

諏訪魔 「伸びてねえ」とか言われたりするんですよ。こっちは「ちゃんとやってるのに」って。そういう感覚ですよね。だから、ファンの人から見る挫折と、俺らが考える挫折は違うのかもしれない。端から見たら、アゴの骨を折ったりとか、そういうのが挫折になんのかもしんないし。それはわからないな。

 

──本人のなかではアゴを折ったことは挫折とは考えないわけですか?

 

諏訪魔 全然プラスに捉える。そりゃ痛くてしょうがないけどね。ただ、挫折してから、「こんちくしょう!」と思って、必死にやっていくっていうのが自分のスタイルだからね。

 

──でも、諏訪魔さんの場合は、端から見ていても、挫折っていう挫折ってあまりないような……。あえてあげるとするなら、2008年に初めて三冠チャンピオンになったときに苦しんでいたなっていうぐらいですかね?

 

諏訪魔 ああ~~~~~! あれは難しかった。また、そんなことを思い出させてくれますね(笑)。あれは、悩んだね。あれ、挫折か? まあ、自分のなかでは乗り越えているから挫折だとは思わないんだけど、あれはしんどかったなあ。「プロレスって難しいな。チャンピオンって難しいな」って思いましたよ。誰も認めてくれねえし。

 

──ファンが認めてくれない。

 

諏訪魔 そうそう。ファンの見る目のハードルが一番上がったときなんじゃない? チャンピオンとしてのプロレスを求められますからね。俺が何を言っても、「何言ってんだ、この鼻タレ!」ぐらいの感覚だったでしょう、ファンは。いまでも憶えているよ、名古屋で佐々木さんに勝って、3本のベルトを肩にかけたときに、「うわあ、重いなあ……」って。バックステージに行って、コメントを出したときにどっしりきたね。獲った瞬間は興奮しているからわからないんだけど、バックステージ行って、腰かけた瞬間にドスーンときたよ。「なんか凄いもんを背負っちまったな」って。そんな感覚はありましたよ。

 

──団体の看板を背負ったわけですもんね。

 

諏訪魔 そうなんだけど、それをファンの人は絶対認めない。「何言ってんだ、このクソ若造が!」って。

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