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  • 2014.10.09

GK金沢克彦コラム #16

GK金沢コラム連載第16回!! 「GKのSWS探求旅行記」

GKが夏休みに訪れた福井県。

そこはある団体に縁の深い土地だった!!

 まさに私事なのだが、この1週間プロレス会場へは行っていない。なにをしていたかと言えば、世間でいう夏休みらしきものをとっていた。夏休みとはいっても例によって季節外れだし、家族で2泊3日の温泉旅行に行っただけ。しかしながら……大げさだけどこれも運命なのだろうか!? どこへ行っても私にはプロレスが付きまとってくるようだ。旅行先は嫁さん任せで勝手に決めてくれたので、私は嫁さんのガイドに従ってついていくだけ。なんでも福井県の芦原(あわら)温泉というのが目的地らしい。まず新幹線(しかも、ひかり号!)で米原まで行

って、そこからJR特急しらさぎに乗り換えて芦原温泉駅へ向かう。その途中、私はあまりにも懐かしすぎる土地名、駅名を発見してしまった。米原から3つめに停車する『鯖江(さばえ)』である。鯖江と聞いて色めき立たないようだったら、これはもうプロレス者とはいえまい! それほど懐かしく、血沸き肉躍り、鼻の奥がツーンとくるような土地名なのである。日本マット史に燦然と輝く地名なのである。いいかい? これから書くから覚悟しろよ。いや、覚悟しろって!!

 

 ときは1992年8月7日、越中詩郎、木村健悟、青柳政司、齋藤彰俊のはぐれ者4選手による反選手会同盟が結成され、打倒・天龍源一郎を掲げ船出した。新日本プロレスvsWARの抗争はここからスタートしたのだが、WARのなかにあって我が道を行くグレート・カブキが一大決心。なんと、WARを離脱し反選手会同盟との結託・合体を発表したのが、11・17鯖江大会の試合前、鯖江市内のホテルのロビーだった。マスコミ陣は当然ことの成り行きを知らされていない。なぜに、鯖江という初めて聞く土地のホテルで緊急記者会見が行なわれるのかよく理解できぬまま、田舎町(※失礼!)にしてはかなり立派なホテルのロビーに集合した。

 

 ほかに思い出すのは、会見時刻よりかなり早く到着してしまったために、数名のマスコミがホテルのレストランでお茶を飲みつつ、煙草をプカプカやっているところへ、来日中のガイジン軍団のボス格であるスコット・ノートンとト二―・ホームが入ってきて、「ファッキン・スモーク!」と吐き捨てると、とっとと出て行ったこと。 

 

 ともかく、反選手会同盟4選手とともに現れたカブキは、じつにアメリカンナイズされた日本語でこう語ったのだ。

 

「彼らはフリ―バ―ドよ。日本のプロレス団体に縛られていない。その生き方、フリ―バ―ドの生き方にボクは共鳴しました。ここにいる越中さん、木村さん、そして……彼らと一緒に闘っていきますよ」

 

 ここでのポイントは、カブキは越中、木村の名前は当然知っているのだが、青柳館長、彰俊の誠心会館勢の名前をまだ覚えていなかったこと。いま思えば、かなり付け焼刃的な会見だったのかもしれない。もうひとつの驚きは、日本プロレス時代の後輩にあたる木村、全日本時代の後輩にあたる越中をカブキが「さん」付けで呼んだこと。とくに、越中などは全日本の新弟子時代、受身から始まって手取り足取りプロレスのイロハをカブキに教え込まれた関係となる。あとで越中に、このときの一件を聞くと、「カブキさんに“さん”付けで呼ばれたときは身体中が痒くなった」となんとも言えぬ表情を浮かべていた。

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