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  • 2014.09.18

マサさんが猪木、前田を語る! マサ斎藤インタビュー「このあいだ、アントニオ猪木にショルダータックルかまされたよ(笑)」

男の憧れ”マサ斎藤さんと久しぶりにお会いしてきました! 今年2月、突然の佐々木健介引退、そしてDIAMOND RING道場閉鎖を受け、道場のトレーニングアドバイザーを務めていたマサさんも、奥様とともに埼玉県吉川椎市から故郷である東京にお引っ越し。やっと生活も落ち着いてきたと聞いたので、近況をうかがいつつ世間話をしてきましたので、皆さんにお届けします!

 

 

――マサさん、ご無沙汰しております! お元気ですか?

 

マサ 昨日、病院に運ばれたんだよ。

 

――えっ! どうしたんですか!? 大丈夫ですか?

 

マサ じつはこの夏、パーキンソンの進行を止めるために、40日間の集中リハビリをやったんだよ。

 

――あ、そうだったんですか!

 

マサ まあ、昨日病院に行ったのは、パーキンソンと直接は関係ないんだけど、あの40日間っていうのは、長いしリハビリ以外は退屈だし、実際つらかったよ。でも、良くなりたいしさ、頑張ったのよ。

 

――40日間もリハビリの施設にいたんですか。1年半、アメリカの刑務所にいても大丈夫だったマサさんが「つらい」っていうんだから、かなり大変だったんでしょうね。

 

マサ 退屈なのがまいったよ。でも、(佐々木)健介も海外からわざわざ電話をくれたし、(中嶋)勝彦もワイフと赤ん坊を連れて来てくれたし、健介オフィスのマネージャーも見舞いに来てくれて、うれしかったよ。この場を借りて、再度、礼を言わせてもらいたいね。

 

――健介さん、中嶋選手との師弟の絆は健在なんですね。リハビリの成果はどうですか?

 

マサ 40日もやったかいあって、かなりいい感じになって、念願のジム復帰もできたよ。

 

――おお! それは素晴らしいですね。やっぱり、マサさんにはジムでベンチプレスがんがんやってもらわないと(笑)。

 

マサ ジムに戻って、すっかり萎んじまった筋肉も少しつきはじめて……調子に乗ってたんだな。ちょっと油断したら、駅の切符売り場で転倒しちゃってさあ、とっさに頭を打たないようにどこかに手をついたら、ヒジから血が滝のように吹き出しちゃってね。ワイフがハンカチで縛ってくれたんだけど、止まらないんだよ。

 

――けっこう、大きな傷だったんですね。

 

マサ そうしたらさ、駅の地べたで、普通の人よりはデカいじいさんが血を流して倒れてるもんだから、駅員さんも2~3人駆けつけてくれて、救急車呼んでくれたのよ。で、救急員が「傷が深いので縫わなきゃいけないので、病院行きましょう」って、ピーポーピーポーで運ばれたわけよ。

 

――結局、救急車で運ばれたんですか。で、大丈夫だったんですか?

 

マサ 転んでヒジを4針縫っただけだから、な~んともない。

 

――あ、それは良かったです(笑)。

 

マサ 調子に乗っちゃいけないね。

 

――それがこの夏の教訓ということで(笑)。それ以外はお元気そうで、何よりです。

 

マサ そっちはどうなの?

 

――いま、『KAMINOGE』っていう雑誌を作ってるんですよ。前にマサさんにも天龍さんとの対談で出てもらいましたよね? 最新号はこれなんですけど(山本小鉄の遺影を持った前田日明が表紙の『KAMINOGE』Vol.33を見せる)。

 

マサ ふーん。

 

――小鉄さんが亡くなって丸4年なんで、小鉄さんの奥さんと前田さんの対談をやらせてもらったんですよ。

 

マサ コテッちゃんが亡くなるとは思わなかったね。

 

――急でしたもんね。

 

マサ あれ、糖尿病?

 

――いや、食べ物がのどに詰まっての窒息死だったと思います。

 

マサ 糖尿病じゃないんだ。ふーん。みんな死んじゃうね。元気なのは、アントニオ猪木ぐらいじゃない?

 

――猪木さんは元気ですよね。国会で「元気ですか――ッ!」って叫んで、注意されるくらい元気(笑)。

 

マサ 彼は特別よ。そういや、この間、健介の引退パーティのとき、アントニオ猪木とバッタリ会ったよ。

 

――おーっ! 

 

マサ 立食パーティだったんだけど、特別に席を用意してあるって言うから行ってみたら、赤いマフラーしたアントニオ猪木が座ってたからビックリしてさ。俺が来たら、立ち上がってハグしたんだけど、アントニオ猪木は俺にがんがん、ショルダータックルかましてきたよ(笑)。

 

――それはいい話ですね~(笑)。

 

マサ 前田は元気にしてるの?

 

――非常に元気みたいですよ。マサさんは以前から、前田さんのことを評価されてますよね?

 

マサ うん。前田はいい選手だし、いい男よ。身体はやわらかいし、誰とやっても凄い試合になるし、テクニックもあったからね。申し分ないよ。

 

――前田さんはよく「不器用だ」とか「カタイ」とか言われますけど。以前、マサさんが「前田はうまいよ」って言ってたんで、凄く印象に残ってるんですよ。

 

マサ 不器用だとか、そういうふうには思わないね。前田はうまいよ。

 

――ずっとアメリカで闘ってきたマサさんからすると、UWFスタイルって思ってましたか?

 

マサ UWFスタイルっていうのは、彼らには彼らの考えがあって作り上げたものだから、あれはあれでいいんじゃない? 藤原(喜明)なんかも、あれでトップに上がってきたわけだし。高田(延彦)みたいないいレスラーもいたしね。プロレスはいろんなスタイルがあるんだから。UWFのスタイル、アントニオ猪木の新日本スタイル、ジャイアント馬場さんの全日本スタイル、いろんなスタイルがあって、それをファンが選んで観るわけだから、それはそれでいいんじゃない?

 

――さすが、懐が深いですね~。マサさんは全米のいろんなテリトリーで、いろんなレスラーと対戦してますから、UWF勢とのシングルマッチもじっくり観てみたかったですよ。

 

マサ 一回だけやったことあるじゃん、前田と。

 

――87年の世代闘争が始まる前にやったIWGPリーグ公式戦ですよね。確か、千葉公園体育館で、平田(淳嗣=当時スーパー・ストロング・マシン)さんと二人で血だるまにしたんですよ(笑)。

 

マサ めちゃくちゃやったんだよな(笑)。

 

――あの試合は、短くてすぐ終わっちゃったんで、じっくり観てみたかったですね。UWFインターとの対抗戦のときも、マサさんに出てほしかったですよ。

 

マサ 俺、あんときやったっけ?

 

――やってませんね。

 

マサ もう引退したあとだっけか?

 

――いや、引退はもっと後ですけど。あのときは、ほぼブッカーとテレビ解説者に専念してたんですかね?

 

マサ もう忘れちゃったよ(笑)。

 

――前田さんが6人タッグマッチで、長州さんの顔面を蹴って出場停止処分になったことがあるじゃないですか?(87年11月17日、前田日明&木戸修&髙田延彦vs長州力&マサ斎藤&ヒロ斎藤) あのとき、マサさんも長州さんのパートナーとして関わってましたけど、どう思いましたか?

 

マサ 前田は、長州のこと、あんまり好きじゃなかったんじゃない? いまもそうなの?

 

――いまは、別に仲は悪くないみたいですけどね。

 

マサ いつまでも、いい大人がケンカなんかしてらんないもんな(笑)。

 

――そうですよね。長州さんは60歳すぎて、前田さんも50代半ばですからね(笑)。

 

マサ 前田は、いまでもレスリングやってんの?

 

――いまは『THE  OUTSIDER』っていう、ケンカ屋を集めたアルティメットみたいな大会をやってるんですよ。

 

マサ ああ、ホント。それ、UFCの原点じゃん。

 

――そうですね(笑)。

 

マサ ルールなんて、あってないようなもんだもんな。あれ、アメリカで流行ってんじゃない?

 

――そうですね。UFCはアメリカを中心に、世界各国で大人気を博してますね。

 

マサ ブロック(・レスナー)もチャンピオンになったしね。いまは、ニューヨーク(WWE)で仕事してるみたいだけど。

 

――この夏のビッグマッチでWWEの世界王者になりましたよね。

 

マサ ああ、ホント。彼はどこに行ってもトップ取れるよ。

 

――UFC復帰も選択肢の一つみたいな報道もあったんですよ。

 

マサ ああ、ホント。ブロックはレスリングもケンカも強いからね。そういう大会をケンカ屋集めてやるっていうのは、前田らしいな。

 

――『THE  OUTSIDER』は客席の応援団も不良だから、「やっちまえ!」っていう殺伐とした雰囲気で、たぶんマサさんが経験した70年代のアメリカ南部のプロレス会場みたいな雰囲気だと思いますよ(笑)。

 

マサ 俺も南部にいた頃、そういう試合をやらされたよ。町の腕自慢が、「レスラーに勝ったら5000ドル」なんていう売り文句に惹かれて挑戦してくる企画ね。

 

――いわゆるシュートマッチですよね。それって、どんなルールだったんですか?

 

マサ なんでもありよ。

 

――なんでもあり! バーリ・トゥードですか!(笑)。

 

マサ ノールールだから。俺はそれを3試合ぐらいやったよ。

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