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  • 2014.09.04

GK金沢克彦コラム #11

GK金沢連載コラム第11回!! 「斎藤文彦氏の『ゴング』登場について」

28年前、GKを業界の仲間として最初に受け入れてくれた人物が斎藤文彦氏だった!

 当コラムがアップされた時点で、9月9日(火)発売となる『ゴング』復刊号の表紙が公になっているか、まだわからない。ただし、これはネタばらしではなく、『ゴング』制作におけるひとつのストーリーであり、私的にも歴史のあるエピソードとなるから、書いてみたいと思う。

 

 フリ―のプロレスライター、フミ・サイトーこと斎藤文彦氏のことである。今回の『ゴング』復刊号に斎藤文彦氏(※以下、ふだん呼んでいるとおりにフミさんで)が参加してくれたのは、最大のサプライズだった。同時に大きな戦力にもなってくれた。これを読んで初めて知った方は「えっ、あのフミ・サイト―が『ゴング』で書いてるの!?」と心底、驚いているかもしれない。『週刊プロレス』一筋に30年以上にわたり活動していたフミさんが、初めて『ゴング』と名の付く媒体に登場しているのだから、そりゃあファンの方が驚くのも当然かもしれない。

 

 まず、その経緯を説明しておきたい。フミさんの周辺事情が急転したのは、7月下旬ごろ。『週プロ』の長期連載である『ボーイズはボーイズ』が打ち切りになるという話題がツイッタ―等で出回った。ほかにも、佐藤正行編集長と揉めたとか、クビを宣告されただとか、とにかく噂話ばかりが広まっていく。この業界の噂話の飛躍ぶりがいかに凄まじいものかは、私自身が痛いほどに知りつくしている。過去に私は噂話によって、旧『WRESTLE-1』のプロデューサーにされたり、新日本プロレスのマッチメイカ―にされてしまった経験がある。それにしても……まったく火種のないところから煙が立つ、まったくゼロの話が100%になっている、しかも本人の知らないところでみんながそういう話を信じているという、一連の噂話の拡散ぶりには呆れるのを通り越して感心すらしたものだ。

 

 そこで、たまたまフミさんと会場で顔を合わせた。全日本プロレスの7・27後楽園ホールのバックステージである。そこには私だけでなく、顔見知りのスポーツ紙の記者さんらもいたから、隠しごとのある話でもない。フミさんがごくごく冷静にいつもの元気な口調でこう説明してくれた。

 

「うん、連載は終わりです。それにクビだとかなんとか言われてるけど、私はもともとフリ―なんでクビもなにもないんだよね(笑)」

 

 いつものフミさんなので、私もいつものように切り返した。

 

「じゃあ、フミさん。『ゴング』でコラムを書いてくださいよ! ボクはまたフミさんが『ゴング』でコラムを書いてくれるために、わざわざ『週プロ』の連載を打ち切るのかと思ってましたよ(笑)」

 

「アッハハハハ! いやあ、いいですよ、書きますよ! コラムもいいし、外国人選手のインタビューなんかでも必要とあればやりますからね」

 

「じゃあ、これから台割とかを詰めていったら連絡しますね」

 

 そこで、みんなのいる前で携帯の電話番号を交換して別れた。これだけ何人もの前で会話したのだから、噂が立とうとも妙な噂だけは立たないだろう(笑)。それより自分自身でも、ちょっと驚いたのが、これだけ長い付き合いなのに、フミさんの電話番号を知らなかったこと。フミさんも私の番号を知らなかったのだから、やはりこの28年、一度も電話番号の交換をしていないことになる。携帯をいじれば、てっきり「斎藤文彦」という登録があると自分では思い込んでいたのだが……。

 

 その時点で、フミさんにはフミさんらしいコラムを自由に書いてもらおうと思っていた。ところが、それから4日で事態が急展開する。

 

 今回の復刊号の目玉企画のひとつとして、なんとしても掲載したかったのが、現IWGPヘビー級王者、AJスタイルズのインタビュー。日増しに“本物”として新日本ファンに認知されていくAJだが、日本マットに定着というか、シリーズフル参戦という経験がないため、意外にファンは彼のプロフィールを知らない。とくに、ビギナーのファンにとっては突然現れた黒船という様相か? まあ、黒船と称するにはオシャレで格好よすぎるファイターであるが、いま最注目の存在であることは間違いない。そこで、『G1 CLIMAX 24』開幕早々に、ペールワンズの井上氏に頼んでAJへのインタビューを新日本サイドにオファーしてもらった。

 

 本来であれば、ひとつの結果が出るG1終了後がベストとなるが、おそらくすぐに帰国してしまうだろうから、とにかくツアーのオフ日か空き時間を見つけてもらうしかない。新日本サイドからの返答は迅速だった。8・1後楽園ホール大会前の午後2時から宿舎の東京ドームホテルの部屋でインタビューに応じてくれると言う。その知らせを受けたのが、前日(31日)のアクトシィ浜松大会の会場にて。当日、私は『サムライTV』生中継の解説を務めることになっており、メインイベントには棚橋弘至が登場。浜松→東京の新幹線の終電時刻は午後9時59分。ふつうの興行なら充分日帰り可能となるが、G1の場合、公式戦のシングルマッチが10戦組まれており、メインで棚橋が勝利を飾れば当然、長いファンサービスタイムが待ち受けている。

 

 昨年のG1浜松大会も日帰りできたマスコミ関係者は皆無と聞いていたし、今年はますます難しいというか、ほぼ泊まりの覚悟が必要だった。

 

新日本に来日中の外国人選手を取材する場合、お願いすれば流暢な英語の通訳でお馴染みの西澤道昭取締役が通訳に付いてくれる。これは本当に至れり尽くせりで大変ありがたいことである。だから、井上氏は取材が決まった時点で、「金沢さんがやってくれませんか?」と電話で振ってきた。そのとき咄嗟にフミさんの顔が浮かんできたのだ。

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