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  • 2014.08.28

GK金沢克彦コラム #10

GK金沢連載コラム第10回!! 「新日本・手塚社長取材こぼれ話」

GKと手塚社長の意外な関係とは?
 今週は、新日本プロレス大躍進の陰の功労者である手塚要社長に関して、書いてみたいと思う。手塚社長にインタビュー取材を行なったのは、先週の22日のこと。もちろん、9・9発売の『ゴング』復刊号の企画のひとつである。ふつう本が発売される前にインタビューした人物の話を漏らすわけがない。ところが、どっこいなのである。なんせ手塚社長へのインタビューは軽く1時間を超えた。しかも、手塚社長は立板に水のごとくビジネス論を語ってくれる弁舌家。このおもしろい話をまるまる誌面に掲載するとしたら、おそらく20ページあっても足りないだろう。そこを泣く泣く4ページに収めたわけである。

 

 いや、マジでこれは載せたい、これは削りたくない、これをカットしたら話が転がっていかない……と悩みに悩んだ。率直な話、手塚社長のインタビューを行数内にまとめるために、6時間以上を要したのである。これは地獄の作業だった。あるものから削るという作業は、ゼロから原稿、文章をクリエイトしていく作業よりはるかに辛い。それを久しぶりに痛感したしだいである。

 

 さて、手塚社長が、木谷高明オーナーの肝いりで新社長に就任したのは、昨年9月24日のことだった。新日本内部に入ったのは昨年4月、執行役員兼経営企画部長としての着任だった。手塚氏は1997年にブシロードの前身にあたるブロッコリー社に入社。以来、木谷オーナーとは17年にわたるお付き合いとなり信頼も厚い。もともとがアニメ業界から始まっており、アメリカで都合5年間、ブロッコリ―社とブシロードの仕事に従事していた。昨年4月まではアメリカ法人のブシロードUSA(カリフォルニア)の立ち上げから関わり、カードゲームの普及に尽力していたという。じつは、おもしろい話がある。私は手塚氏が帰国して新日本に関わる前から手塚氏の存在を知っており、プロレス業界に詳しくない手塚氏も私の名前を知っていたのである。実際はどうでもいい話なのだが、これも何かの縁なので書いておきたい。

 

 私の奥さん……つまり嫁さんはそれなりの大手の某水産会社に勤めているのだが、10年後輩にTO君という人物がいた。このTO君がまた筋金入りのプロレスファンで、何年も前から「新日本に入社したいんですよ!」と嫁さんに訴えていたという。つまり、私の伝手でなんとかならないか?という無言の訴えでもある。ただし、6~7年も前のことだから、私にしたってあまりお勧めはできない。ただし、情熱だけはあるようなので何か特別なウリがあるのかどうか聞いてみた。

 

「物怖じしないことと、貿易関係の仕事なので英語には自信があります!」というのがウリのようだった。嫁さんを通じて私に売り込みをしてくるぐらいだから、異常に元気でアグレッシブな性格なのはわかる。それはそれでいいことなのだが、英語ができる人はけっこういるし、いまの仕事を続けていたほうがいいのでは……というようなメッセージを嫁さんに託した。そうこうするうちに、そのTO君は会社を辞めて、キノコなどの食品を販売する会社の米国支社に勤務するようになった。アグレッシブなプロレス好きだから、現地でも様々なアメリカンプロレスのジム(道場)を調べては、訪ね歩いたりインディの試合などもかなり観戦していたらしい。その後、ブシロードが新日本の親会社となり、たまたま行った現地在住の日本人企業家によるパーティーでブシロードの役員の人を見つけた。それが手塚氏だったのだ。

 

 相変わらずアグレッシブなTO君は手塚氏に自己紹介すると、私の嫁さんの元後輩であることをずいぶんとアピールしたようだ。いくら私の名前を連呼したところで、まだプロレス事情に疎い手塚氏にはまったくピンとこなかったことだろう。ただし、人柄のいい手塚氏は人懐っこいTO君とも仲よくしてくれたようだ。そこで奇遇にも手塚氏の新日本入りが決まった。それを知って勢いづくTO君はますます手塚氏に接近し、手塚氏もプロレス事情に詳しいTO君と会話することは勉強になるので、以前よりも親密なお付き合いをするようになったという。

 

 まあ、本当にどうでもいい話なのだが、とにかく手塚氏が新日本入りする前から、手塚氏と私は顔も知らないし、人柄もまったくわからないのに、TO君を通じて互いに存在だけは知る間柄となったわけだ。

 

 そして、私が新日本の新社長に就任した手塚氏と初めて顔を合わせたのは昨年の1014両国国技館大会終了後のこと。当日、テレビ朝日『ワールドプロレスリング』スタッフは、いつものとおり両国駅近くのちゃんこ屋さんKで打ち上げ&反省会を開催。同じ店の別の階に、新日本の役員数名と永田裕志、この日、新日本所属第1戦を行なった飯伏幸太とセコンドの中澤マイケルらが集合しており、選手や役員たちが順番にワープロスタッフの座敷に遊びに来てくれた。そこで、手塚社長も顔を出してくれたので、私は初めてナマ手塚要さんを見たし、手塚社長もおそらく初めて話だけには聞いていたナマGKを見たと思う。

 

 そういう経緯があったものだから、初対面なのにまるで懐かしい人に再会したかのような感覚で名刺交換してから談笑した。まず、手塚社長はさんざんTO君から私のことを聞かされていたにも関わらず、私がTO君と会うどころか顔も知らないことに驚いていた。そりゃそうだろう。おそらく、アグレッシブなTO君のことだから、いつの間にやら私はTO君の親友ぐらいのレベルにまでなっていたのではないか?

 

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