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  • 2014.08.21

GK金沢克彦コラム #9

GK連載コラム第9回!! 「ゴング制作追い込み中」

中西学がGKにかけた言葉とは……?

 只今、『ゴング』復刊0号の制作真っ最中。というか、9・9発売へ向けて完全に追い込み態勢に入っている。そんな最中に、昨日(20日)は『月刊サイゾ―』の取材を受け、明日(22日)はニッポン放送の『垣花正 あなたとハッピー』(午前8時~11時半)に、8時半から5分程度ながら電話出演することになった。どちらも、ゴング復刊というニュースを踏まえたうえで「いまのプロレス界がなぜ盛り上がっているのか!?」というのがテーマである。ほかにも、名前の通った一般週刊誌のほうから人を介して連絡をとりたいという話があったような気がするが、なんだか忙しくて媒体名は忘れてしまった。

 

 まだ『ゴング』発売前だから内容は書けないけれど、私がいろいろとお世話になっているテレビ朝日の方からも、ゴングとのコラボ企画を提案された。もちろん、こちらからお願いしたいようなありがたい話だから、謹んでお受けしている(※横綱昇進とか大関昇進のときの返答みたい)。

 

 一方で、業界……つまりプロレス界のほうはとくに騒がしくもないし、波風も立っていないし、そんなにあれこれと私に問い掛けてくる人もいない。ダイレクトに言ってきた人はほんの数名だけ。元内外タイムスのカメラマンだった山内猛さん、タイガー服部レフェリーといったベテランの大先輩たち。お二人とも、あっけらかんとした性格をしているから、まあ聞いてくるのも不思議ではない。選手たちでも、私に直接なにかを伝えてきた人物はひとりだけ。中西学だ。あんな身体をしていながら中西が繊細な神経の持ち主であることは周知のとおり。気配りの面でも充分な男である。さらに、どんなことにも感激しやすいタチでもある。だから、ツイッタ―では「ゴング復刊、感動した!」とか呟いていたそうだし、8・8横浜大会では私の顔を見るなり、興奮の面持ちでこう話しかけてきた。

 

「金沢さんにはいつもいつもお世話になりっぱなしですから。ボクにできることがあったら何でも言ってください。なんでもやりますから!」

 

 あの巨体で迫られると腰が引けてしまうのだが(笑)、中西の気持ちは本当に嬉しい。テレ朝の人気動画『中西ランド』のスタッフによると、ロケ中も中西はその話題をよく出すし、「荷物運びでもなんでもいいから『ゴング』を手伝いたい」とまで言っているのだという。ニシオ君(※ヤングライオン時代にカシンが付けたあだ名)、本当にありがとう。こんど大きな荷物が出たら声を掛けるから……じゃなくて、こちらも企画を練ってぜひ中西学らしい企画でゴングに参戦してもらいたいと思っている。

 

 その他のレスラーの反応となると、とくにこれと言ってない。ほぼ腐れ縁に近い仲の永田裕志などはニコッと笑って、「楽しみにしてますから」とひとことだけ。まあ、永田ならそれで十分に伝わってくるものがある。あとは、全日本プロレスの諏訪魔。私の報告を聞くや否や、パッと笑顔になって「それは凄いニュースじゃないですか! いい話です、がんばってくださいね」と両手で握手を求めてきた。彼もやっぱり人がいいのだ。

 

 そこで意外なのは、会場のバックステージで私とよく仕事に関する雑談をする人物が『週刊プロレス』の佐藤正行編集長であること。かつて、私が『週刊ゴング』に在籍していた時代には、周囲から“犬猿の仲”と称されていた関係。たしかに、ゴング時代というか、『週刊ゴング』編集長時代の私はプライドが高かった。そうさせたのは、週プロ編集長時代のターザン山本氏が、よくゴングを小馬鹿にするような発言や記述をしていたから。だから、よけいに「いつか見返してやる!」という思いが強くなったのかもしれない。

 

 そういう経緯もあったから、編集長時代の私はゴングと週プロを“ライバル誌”と言われることさえ嫌った。「競合誌ではあるけど、ライバル誌ではない!」というのが私の持論であり、口癖でもあったのだ。よーく考えたら、ライバル誌を日本語に変換すれば競合誌になると思うのだが……(笑)。まあ、メチャクチャ突っ張っていた懐かしい時代でもある。

 

 ただし、『週刊ゴング』は7年半前に休刊してしまったし、私個人は心ならずも9年も前にゴングと完全に決別している。これだけ歳月が経てば、当時の意識などどこかの彼方へと行ってしまうから、週プロの佐藤編集長とも自然に会話ができる。さらに不思議なのは、ゴング復刊が公になったいまでも、ふつうに会話ができること。先だっても、DDTの8・17両国大会でバックステージの喫煙所でバッタリ会ったとき、会話している。

 

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