• このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 2014.08.07

マッスル坂井の「ザッツ・リビング・レジェンド」 #6

マッスル坂井の「ザッツ・リビング・レジェンド」第6回 ハチミツ二郎(よしもとクリエイティブ・エージェンシー) 「二郎さんは新潟でやるはずだった学園祭がなくなったのに、新潟に来てくれたんです。全力でもてなさないわけにはいかないですよ」

プロレス業界随一の分析力とプレゼン能力を持つマッスル坂井が、業界のリビング・レジェンドの凄さを、独自の視点で『ビッグファイト』読者に紹介!
 

【今週のレジェンド】
ハチミツ二郎(はちみつ・じろう) 
1974年11月20日、岡山県倉敷市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。2001年、松田大輔とともにお笑いコンビ・東京ダイナマイト結成。2004年、2009年には『M-1グランプリ』ベスト8進出。ルチャ・リブレのライセンスも持ち、西口プロレスのほか、DDT、『マッスル』のリングにも参戦経験を持つ。


 今回は、先日新潟で会ったハチミツ二郎さんのことを書こうと思います。二郎さんもプロレスラーだから、この連載で書いても大丈夫でしょう。
 
 もともと、二郎さんは新潟で学園祭のイベントの予定が入ってたんですって。だから新潟で飲む約束はしてたんですけど、学園祭の3日ぐらい前に、急遽キャンセルになったらしくて。でも二郎さんから「坂井くんと新潟で飲むモードになってるんで、行きます」というメールが来まして。私もその男気に強く心を打たれて、「じゃあ一席設けます」とお返事しました。
 
 それで新潟の友人たちというか、新潟の若手不良青年経済人がいるんですよ。我々のような製造業や、飲食店のオーナーが10数人集まってるグループなんですけど、なんて言ったらいいのかな……○○連○みたいなもんですよ。その○○連○とやってるLINEのグループチャットで、二郎さんから送られてきたメールの内容を伝えたんです。そのうえで「新潟であるはずだった学園祭がなくなったけど、それでも新潟に来てくれる」「新潟の専門学校の不手際は、すなわち我々の不手際、新潟全体のミス」「我々で精一杯おもてなしする必要があるのではないでしょうか?」というふうな文章を付け加えて送ったところ、即座にその会のメンバーたちから「tanimachiりましょうか」ときたので、「是非よろしくお願いします」と。
 
 二郎さんをもてなすなんて、私ひとりの力ではどうにもならないですからね。東京ダイナマイトといえば、ルミネtheよしもとなんかでトリを務める存在、ショーストッパーですよ。そんな人を簡単に、そこらへんの居酒屋でおもてなしするわけにはいかないです。そこでまた、企画用に別のグループチャットを作り、当日まで作戦を練りました。
 
 そして二郎さんがいらした当日、私は仕事を終え、クルマに乗って、ホテルまでお迎えに上がりました。
 
 まず最初はササダンゴ商会のホームページなんかをやっている、新潟のテクスファームさんというデザイン会社を訪問しまして、そこのディレクターさんたちとグッズ談義に花を咲かせました。いろんなバンドや芸人さんの「あの頃は事務所からグッズの権利を貰ってたから、ひと夏でいくら稼いでた」みたいな話を聞いて、私たちは「うおー!」ですよ。夢がありますよね。あとは「いまだったらLINEスタンプが儲かる」とかそういった話もしました
 
 次に、友人がやってるタトゥーショップ兼・床屋っていうのがありまして、そこにお連れしました。夜の街に繰り出すわけですから、そこで身だしなみを整えていただこうと思って、洗髪と整髪をしてもらい、おヒゲを剃ってもらいました。ヒゲを剃ってくれるのは、胸元に「One Life,One Love」ってタトゥーが入ってる女の子なんですけど。その女の子には、500円玉を握らせて「東京から大事なお客さんが来てるから、スペシャルコースでお願いします」って言ってみたんですよ。「どんなふうにやるのかな」って思ったら、耳かきに時間をかけてましたね。20分ぐらい。そのあとタトゥーショップの店長が二郎さんに「新潟に来た記念に、ワンポイントでもタトゥーどうですか」って聞いたら、「それは次でいいや」って断られてましたね。
>