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  • 2014.07.31

GK金沢克彦コラム #6

GK連載コラム第6回!! 「新生・全日本プロレス7・27後楽園ホール大会」

GKが斬る!!
秋山体制の新生・全日本初の後楽園大会!!


 秋山準を社長に据えて新体制となった新生・全日本プロレスの首都圏お披露目興行となったシリーズ最終戦の7・27後楽園ホール大会。会場はじつによく埋まった。9割方客席が埋まって主催者発表の数字は1,378人。おそらくこれは実数発表だろう。というのも、白石体制の全日本プロレスが分裂して、武藤敬司らが大量離脱したのち、秋山が最初にフロントに向けて要望したのは実数での観客発表だった。

 

「もうすべて1から、いやゼロから始めないと……どんどん新日本との差は広がるばかりだから。たとえ地方で300人しか入らなくても見栄を張る必要ないですよ。300人なら300人と発表する。その現実を踏まえて、次にその会場に来たときには50人でも100人でもお客さんを増やしていく。そういう気持ちから始めないといけないんじゃいかなって」

 この言葉を秋山の口から聞いたときは、「さすがだなあ」と感心した。やっぱり彼こそリーダーになるべき人間だなと思ったものだ。実際に秋山のそういうリーダーシップのもと、たとえ集客で苦戦しようとも全日本の試合はおもしろかった。ジュニアに新風を吹かせたウルティモ・ドラゴンも、「どうです? 試合内容では新日本に負けていないでしょう」と問い掛けてきたが、たしかに試合内容では独走する新日本と比較しても遜色のないものを見せていたと思う。

 

 さて、この日の新生・全日本プロレス。馬場元子さんを相談役に迎え、より“王道色”を強く押し出した全日本。秋山が覚悟を決めてトップに立ち、「新日本に追いつけ追い越せ!」を堂々とスローガンとして打ち出した全日本。ただし率直に言うなら、考えすぎなのか、入れ込みすぎたのか、少し空回りしているように感じた。ふと思い出したのが、和田京平レフェリーの言葉だった。京平さんと話したのは、京平さんがメインの特別レフェリーを務めたスターダム7・10後楽園ホール大会のバックステージだった。

 

「諏訪魔にはね、もっと暴れろって言うんだよ。そうしたら、自分が暴れてケガ人が出たらまた戦力が減ってしまうからって。だから、『なに言ってるんだよ! 本当に危ないと思ったときに止めるために俺がいる、和田京平がいるんじゃないか!』って。そこをね、まだ諏訪魔はわかっていないんだ。将来を考えたときにね、諏訪魔、潮﨑、宮原がヘビー級の3本柱にならなきゃいけないよね? 素質も素材も素晴らしいんだから。だけど、3人ともまだ本当の全日本、馬場さんのプロレスっていうものをわかっていないんだよね。秋山はわかっている、大森もわかっている、金丸もわかっている。彼らは馬場さんを知っているから。中でも秋山はね、昔から疑問に思ったことはなんでも聞いてくるわけよ。ただ、さすがに馬場さんには直接聞けないから、俺に言うわけ。それを俺が馬場さんに聞いてやって、答えを秋山に伝えていたんだけどね」

 

 京平さんの話はいつもとびきりおもしろい。この人は言葉を濁したりしないから、ストレートだからおもしろいのだ。だから、武藤とソリが合わなくなったのもわかるような気がする(苦笑)。そのあと、京平さんから昔話なのに旬の話題が突然飛び出した。

 

「金沢くん、覚えてる?(旧)WRESTLE-1で秋山vs柴田戦があったでしょ? 秋山が本気でブチ切れた試合が……」

 

 おお、あの試合だ。伝説のケンカマッチ。私的観点でいくと日本プロレス史に残るケンカ試合である。いきなり速攻をかけた柴田がPKから秋山の額を蹴りあげて、その一撃で額を切った秋山がブチ切れて荒れ狂った一戦。ちなみに、私は解説席にいて、隣でゲスト解説についていた髙山善廣もエキサイトして、「柴田はエルボーなんかやってないで、グ―でパンチを打ち込んでしまえ!」と、とんでもないことを言っていた(笑)。そのときの話が突然出てきたから、オッと思った。

 

「あの試合、秋山は本気でキレていたからね。俺がいまでも思うのはあの試合は和田京平だから裁けた、試合として成立させられたってこと。自分で言うのもなんだけど、そこは自信があるんだよ。ああいう状態に選手がなっても、試合を成立させる……それがレフェリーの役目なんだから。お客さんの前でケンカを見せたらプロじゃない。ケンカになりそうなものをプロレスに持っていくのもレフェリーの仕事なんだからね」

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