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  • 2017.01.20

GK金沢克彦コラム #135

GK金沢コラム連載第135回!! 「嫌い=苦手」

修羅場をくぐりぬけたオカダに立ちはだかる年齢を超越したプロレス王!
今週は、新日本プロレスの2・5札幌大会(北海道立総合体育センター 北海きたえーる)で実現するオカダ・カズチカvs鈴木みのる、IWGPヘビー級選手権の見どころについて触れてみたい。

その前に、リング外の話題に関してふたつ。まずオカダといえば、めでたいニュースが駆けめぐった。今週、東京スポーツとFLASHが報じたように、テレビ朝日アナウンサーである森葉子さんと結婚を前提にお付き合いしていることが明らかになった。掲載内容によると、2012年8月、オカダが『G1 CLIMAX』に初出場・初優勝を達成したあと、テレ朝『ワールドプロレスリング』スタッフが企画した祝勝会に森アナも出席。そこで面識ができて交際が始まったという。
残念ながら、その場に私はいなかった。だけど、じつはその半年ほど前にたまたま森アナと初対面ながらいろいろと話す機会があったのだ。たしか後楽園ホール大会終了後の打上げ&反省会を水道橋の焼肉店で行なったときだと思う。いつものワープロメンバーのなかに紅一点の美女発見。それがプロレス初観戦に来ていた森アナだった。

これもたまたまで、森アナは私の対面に座っていた。身長170㎝とモデル並みのスタイルで、聞けば剣道三段(現在四段)の腕前で全国大会にも出場経験があるという。女子アナには珍しい体育会系だけに、初観戦にしてすっかりプロレスの魅力にハマってしまったようだ。

森アナは明るくて気さくで、気配りもできるし、なによりお酒が強い。周囲のスタッフ陣が冷やかす。

「森はアナウンサーじゃなくて、プロレスをやったほうがよかったんじゃない?」
「その身長だから、レスラーと結婚するしかないよね」

そういった声に笑顔で切り返していく。私も仕事柄、地上波TVの女子アナと話す機会がけっこうあるのだが、お世辞ぬきに過去イチバン印象がよかった人物は森アナ。もともと私も出が体育会系なので、よけいにそう感じたのかもしれない。

打ち上げ終了後、翌日も早くから仕事を抱えているスタッフが多いので自然解散という雰囲気になった。そのなかで「飲みたりないなあ、もう一軒!」と訴えていたのが森アナと私の2人。ただ、「さすがに初対面で2人はないだろう」という空気を感じたこともあったので、しぶしぶ(?)全員解散となった。

以来、森アナとは顔を合わせていないのだが、その半年後にオカダと出会い交際が始まったとのこと。いやはや、めでたい! オカダは素晴らしい女性を射止めたと思う。うん、相手がオカダなら、安心して葉子を嫁にやれるなあ(笑)。一度だけ、打ち上げの席で一緒になっただけなのだが、いまそういう気持ちなのだ。

もうひとつ、こちらはめでたくない話題。だれも触れない話。そう、ネット上を騒がせている柴田勝頼のこと。アレは、リベンジ×××とかそういう類ではなく、嫌がらせだろう。あの女性はなにか被害を受けたのだろうか? 自分の顔は隠して、相手のプライベートを晒しものにする。その神経が理解できない。

ま、感じたのはそんなところ。いやな時代になったなあ、ネットでつながる社会では利便性とリスクは紙一重だなと痛感した。

では本題だ。1・5後楽園ホール大会で2年ぶりに新日本マットに帰ってきた鈴木みのる率いる鈴木軍。1・4東京ドームの翌日ということで、決して報道陣の数が多かったわけではないが、気色ばんで取材にあたっていたマスコミ陣の目的はそこにあった。

「確信はないけど、来るならこの日しかない」

私も同じ想像を働かせていたので、ドームの疲れが残るなか、後楽園ホールに足を運んでみた。この乱入劇がたとえば、テレビ媒体だとどう伝わっていたのかといえば、会場の空気は鈴木軍への大ブーイング一色。その他、雑誌、ネット媒体がどう伝えていたかを全部チェックしているわけではないのだが、現場で観て感じた空気は若干違った。

他のメンバーよりひと足遅れて、ボスの鈴木が姿を見せた瞬間、ホールは盛大な「みのるコール」に包まれたのだ。それが、いま現在のファン気質。まさに、「待ってました!」という感じだった。このとき、むしろ計算外で戸惑ったのは鈴木本人かもしれない。「プロレス界の王様は憎まれてこそナンボ」というのが、いまの鈴木のスタンスだと思う。

同時に鈴木のなかで、「お、新日本のファン、俺のこと忘れていないようだな」とほくそ笑む感覚もあったのかもしれない。

というのも前回、新日本マットに再登場したときには、想像していた以上のギャプを鈴木は肌で感じ取っていた。正確に記すなら、2006年4月から全日本プロレスを主戦場として活躍していた鈴木が、約5年ぶりに新日本マットに舞い戻った2011年5月当時のこと。

全日本マットでも三冠ヘビー級王者となり、『チャンピオン・カーニバル』2連覇と、時代の中心にいた鈴木であるが、それが新日本では通用しない。通用しないというか、新日本のファン層がガラリと若返っていた時期だから、過去の鈴木の実績に対しても全日本マットでの活躍ぶり関しても、ファンの知識が薄い。
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