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  • 2016.12.30

GK金沢克彦コラム #132

GK金沢コラム連載第132回!! 「高橋ヒロム」

日本人ジュニア抗争にさらに熱をもたらす男・高橋ヒロムとは?

今回が年内最後のビッグファイト・コラム。さて、なにを書こうかと考えて、年末だから2016年マット界10大ニュースにしようと10本列記してみたのだけれど、どうも当たり前すぎて面白味に欠ける。

やはり自分らしく、ふつうにコラムを書いてみようと思っているところで浮かんできた人物が高橋ヒロムだった。元・高橋広夢、前・カマイタチ、現・高橋ヒロムである。それにしても、彼がデビューしたころ(2010年8月4日、三上恭祐戦)に思っていたことなのだが、なんと素晴らしい名前なのだろうか?

高橋広夢――もうハナから芸能人かプロレスラーになることを約束されているような本名ではないかい? 一般人だとちと気恥かしい感じがなきにしもあらずなのだが、公の場に立つ人間なら文句なしに爽やか感満載。マスクマンにでもならないかぎり、彼にかぎってはリングネームも必要ないなと思っていた。

そうしたら、今回の凱旋時に合わせカタカナの“ヒロム”と改名してきた。新日本本隊でやるなら広夢のままでいいだろうが、ロス・インゴナブレス・デ・ハポンのメンバーとなったからヒロム。よいではないか! 100点満点のネーミングである。

来たる2017年の1・4東京ドームでヒロムはKUSHIDAの保持するIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦が決まっている。注目すべきは、その試合順にもある。
メインイベントはIWGPヘビー級選手権(オカダ・カズチカvsケニ―・オメガ)、セミファイナルはIWGPインターコンチネンタル選手権(内藤哲也vs棚橋弘至)、第8試合がNEVER無差別級選手権(柴田勝頼vs後藤洋央紀)、その前の第7試合にIWGPジュニアヘビー級選手権が組まれている。

その他、タイトルマッチでいうと、IWGPタッグ選手権3WAYマッチ、ROH世界選手権、NEVER無差別級6人タッグ選手権、IWGPジュニアタッグ選手権とラインナップされており、全10戦。第0試合のニュージャパンランボー(1分時間差バトルロイヤル)まで入れると全11戦となる。

そのなかで、IWGPジュニア選手権が堂々と第7試合にマッチメイクされたのは、ここ最近では異例のことだと思う。東京ドームのジュニアといえば、ドーム名物ともなったIWGPジュニアタッグの3WAY戦、4WAYが第1試合に組まれ、IWGPジュニアはよくて休憩前の試合というのがパターン化されてきた。

それが来年の1・4でここまでランクアップしてきたのは、この1年ジュニアの絶対王者として内容の濃いタイトルマッチを残してきたKUSHIDAの功績も大きい。同時に、凱旋したばかりの新星ヒロムに対して会社サイドも大いに期待を懸けている証拠なのではないだろうか?

かつて、飯伏幸太、プリンス・デヴィット(現フィン・べイラー)がジュニアの頂点を争っていた時代、紛れもなくIWGPジュニアはビッグマッチの目玉カードになっていた。そのときのワクワクがようやく戻ってきたわけだ。

では、主役の高橋ヒロムである。2009年に入門したヒロムは翌2010年8月、1年先輩にあたる三上恭祐を相手にデビュー戦を行なった。同時期に入門・デビューしたキング・ファレ(現バッドラック・ファレ)は別格の存在だったので、それから約1年半、新日本のヤングライオンといえば三上とヒロムと言われるほど、身体は小さいながらこの2人の活きのよさは際立っていた。もちろん、先に三上がメキシコへと海外遠征。その後、三上のほうは消息不明と言われているものの(笑)、あるマスクマンがその正体であることは間違いないだろう。

2人がシノギを削っている時代、どうしても目立ったのは三上のほうだった。専修大学レスリング部出身で、レスリングの技術はもとより身体が人一倍柔軟なのが強み。三上は自分の技術をより磨くために、鈴木軍のボスとして新日本マットに上がっていた鈴木みのるに弟子入りを志願。そのころ試合前のリング上では、鈴木と三上によるレスリング教室が毎回行なわれていた。かつて藤原教室から生まれたのが鈴木なら、その系譜を継ぐかのように鈴木教室で腕を磨いたのが三上だった。

一方のヒロムは、内藤哲也に師事していた。だから、地味でも基本に忠実なプロレスがしっかりと伝わってきた。ここらへんがじつにおもしろい。その後、帰国した両選手の針路、生きかたを思うと、そのまんまとなるからだ。

もうひとつ、ヒロムに関して忘れられないシーンがある。おそらく、本人にとっては忘れたい過去となるだろうが、憶えているものは仕方がない(笑)。ヒロムがその存在感をクローズアップされたのは、2012年5月〜6月に開催された『スーパージュニア』にブラック・タイガーの欠場を受け、緊急参戦したとき。この大会中の公式戦ではなく、タッグマッチだったと記憶している。

それまでヤングライオンという立場から派手な飛び技などいっさい使ったことのないヒロムが、場外の対戦相手にプランチャを放った。ところが……トップロープに足が引っ掛かって無残に落下。一生懸命の結果なのだから笑ったりできないのだが、「もしかしてヒロムって運動神経が鈍いのかなあ」と一瞬思ったりもした。いまのヒロムからはとうてい信じられない出来事である。

やはり、若手時代の物差しだけではすべてを計れない。若手時代から抜きんでていた選手は、まず将来的にもトップ戦線に上がってくる。その一方で、若手時代にイマイチどころかNGGの烙印を押されかけた選手でも、後年のし上がってくるレスラーはいっぱい存在するのだ。

2013年6月、イギリス遠征を経て、翌2014年1月にメキシコCMLLに渡ったヒロムは一気に開花した。ドラゴン・リーという最高のライバルにめぐり会ったことがなによりも大きいだろう。この若き逸材リーとカマイタチのシングルマッチはCMLLの新世代名物カードとなった。

その集大成と言えるのが、今年の1月24日、『FANTASTICA MANIA 2016』後楽園ホールで突如実現したCMLL世界スーパーライト級選手権。この一戦で、ヒロムは初めてリーから完全勝利を奪い、ベルト初戴冠。衝撃的な内容と結果にホールは大爆発し、まだ念頭ながら今年のベストバウト有力候補とまで言われた。

この試合後に聞いた二つのコメントが強く印象に残っている。まず、試合を観戦していた棚橋が満面の笑みで私に言ったセリフ。
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