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  • 2016.10.15

GK金沢克彦コラム #121

GK金沢コラム連載第121回!! 「特殊なアスリート」

たとえリングを降りたとしても藤田和之の名誉を守るのは私の使命

 月日の経つのはメチャクチャ早いものだ、と実感する今日この頃。今回は、新日本プロレスの1010両国国技館大会に関してではなく、先月の9・25さいたまスーパーアリーナで開催された『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 無差別級トーナメント開幕戦』の1回戦でバルトと対戦(0-3の判定負け)し、その後のバックステージインタビューで引退を表明した藤田和之の話題で書いてみたいと思う。

 

「区切りがついた」という表現で自身の現役生活からの事実上の引退を表明した藤田。驚いたことに、あの藤田がインタビューの途中で目頭を押さえ絶句。その後、男泣きしたことは周知のとおりである。

 

 あの日、すでに藤田のなかでは覚悟が決まっていた。というより、今回のバルト戦が決まった時点で心のなかでは決断ができていた。

 

 それは、RIZINのリングが生き場所であり、逝き場所でもあると定めていたからである。

 

 早い話が、負ければ引退。勝ってトーナメント2回戦に進出すれば、ひさしぶりに米国カリフォル二アのマルコ・ファス道場へ向かい、師匠マルコのもとでトレーニングを行ない、おそらくビッグネームが待っているであろう大晦日の2回戦に備える。やはり、このRIZINを最後の生き場所と定めていたのである。

 

 あの日バルトに敗れた藤田は実感した。

 

「頭はこうしようと目まぐるしく動いているのに、身体が動いてくれない。魂は動いているのに、身体がついてこない」

 

 この感覚がすべてだった。たたし、あの試合で藤田がフクラハギにテーピングを施していたのが気になるところ。ある情報によれば、練習中に肉離れを起こしてしまい、予定した練習をこなすことができなかったという声も聞こえてきた。それでもリングに立った以上、絶対に怪我のことには触れない、それを言い訳にしないのが藤田という男。だから、未だに私も藤田に怪我云々という話題は一度も振っていないのだ。それに例え怪我が動けない原因であったとしても、それも試合の一部であり言い訳無用と藤田なら考えることだろう。

 

 そういう性格だって、知り抜いているのだ。

 

 では、なぜ藤田は初めて人前で涙を流してしまったのか? あれは彼自身にも想定外の出来事だったと言う。

 

「ボクはふつうに淡々と話して終わろうと思っていたんです。バルトの素質と将来性を称えて、自分はもう区切りがついた、スッキリしたと。そして、マスコミのみなさん、ありがとうございました!と。それで終わろうと思っていたんですよね」

 

 そこで、藤田の感情を揺さぶってしまったのが、ひとりの記者からの質問だった。

 

「MMA引退という意味なんですか? プロレスも含めてリングを降りるということなんでしょうか?」

 

 ここで藤田は目頭を押さえて顔を伏せ、肩を震わせた。当初この質問に対して怒りを覚えた。ところが、それが号泣に変わった。いま、プロレスのことを聞いてどうする? 俺はもうリングにひと区切りと言ったじゃないか?

 

「あれでスイッチが入ってしまったんですよね。感情が込み上げてきて、そうしたら昔のルーキー時代のこととかいろんな思い出が甦ってきちゃって、いらんことまで言ってしまったわけですよ」

 

 たしかに、藤田が感情にまかせて言い放ったセリフは強烈だった。ファイターとしての生き方の違いをハッキリと言葉で表現したものだし、ある意味、こう言われたらドキッとする選手は何人も、いや何十人もいるかもしれないと思わせる言葉。

 

「よくね、俺から言わせればお茶濁してダラダラやってる馬鹿いるけど……(※中略、思い出を語る)引退式なんてそんなのいらない。いちいち言ってさ、商売するヤツいるけど、それはそれでいいよ。でも、俺はそうじゃないから。礼儀知らずで、ほんと馬鹿なヤツで、ほんとすいませんでした」

 

 あらま、言ってしまったという感もある。よく、プロレスラーの引退を信じてはいけないと言われる。そう言われながらも、よく見られる引退→カムバックを否定する声も少なくなった。というのも、他のスポーツ競技でも引退からカムバックというケースはいくらでも見られるようになったから。

 

 同時に、何年もリングに上がっていなくても、引退と言わないかぎり現役のプロレスラーであり、格闘家であるという風潮も出てきた。それは大きな組織に所属していないかぎり強制されるべきものではないからだ。

 

 だから、藤田の場合が特別なのだろう。本来当たり前のことでありながら、藤田が特別に見えるというのが今の業界、スポーツ界のひとつの風潮となっているのだ。

 

 男に二言はないというほど堅苦しいものではないだろうけれど、藤田はやはり特殊なアスリートであったし、商売下手で、闘うことを生業として生きてきた人間なのだということを、あらためて知らされた格好でもある。

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