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  • 2016.09.08

GK金沢克彦コラム #116

GK金沢コラム連載第116回!! 「混沌とする1・4ドームへの道」

内藤のリベンジストーリーは完遂するのか……?

 先だって、丸藤正道を取材してきた。約1時間半のインタビュー。そのなかで、今年の『G1 CLIMAX 26』で旋風を巻き起こし流行技として全国のファンを沸かせた“丸藤チョップ”の極意を聞いてみた。対戦相手の胸を真っ赤に染めるだけではなく、斬り裂き血を滲ませるオリジナルの丸藤チョップ。

 

 もちろん、その詳細は今月末発売の『ゴング』のほうに掲載するので、そこで読んでもらいたい。あ、あとは小さいお子さんだけではなく、大人も真似しないように。理屈は理解できたとしてもたぶん丸藤のようにはできないだろうけど、それでも真似はしないようにね(笑)。

 

 そのほか、丸藤と話していて思い出したり、感じたりしたことがある。2010年の1・4東京ドームでタイガーマスクからIWGPジュニア王座を奪取した丸藤は、その年の前半に快進撃を披露し、新日本のジュニアのトップどころを次々と撃破していった。

 

 そのとき、タイガーとちょっとした論争が勃発した。「丸藤のおたくプロレスにはもう、うんざりなんだよ」とタイガー。そう言われた丸藤は、「はい、ボクはプロレスおたくですから」と涼しい顔で受け流した。なんとなく、両者の性格とファイトスタイルの核心を衝いているようなやりとりでじつにおもしろかった。

 

 ところが、どうもこのタイガー発言にノアのフロントサイドがクレームをつけたようで、タイガーは会見の席で、この“おたく発言”を撤回しお詫びまでしている。あまりに不粋な行為だった。最高にムードが盛り上がった丸藤vsタイガーの再戦に完全に水を差した格好である。

 

 私も、べつに悪い意味ではなく、オリジナルの細かいテクニックが随所に散りばめられた丸藤のスタイルは、おたくプロレスと表現してもいいと思った。天才とおたくは紙一重なのだから、いいではないか!と思ったし、タイガーが思いきってそう言ったことも大歓迎であったのだ。

 

 あれから、6年の歳月が流れ、丸藤はG1で大活躍し、新日本ファンから大声援を浴びて、リング狭しと躍動していた。なぜに、丸藤がこれほど新日本マットでの闘いにはまったのか? これも、ある種の問題発言(?)になるのかもしれないが、6年経ってようやく時代が丸藤に追いついてきたからではないだろうか? 彼は、現代プロレスの旗頭であり先駆者だった。そういう定義付けもできてしまうような気がするのだ。

 

 そのことを面と向かって丸藤に言ってみたところ、「いやいやいや、そんなことないですよ」と思いきり謙遜していたのだが……。ところで、その丸藤は衝撃のG1開幕戦(7・18札幌きたえーる大会で、オカダ・カズチカに完勝)を受けて、1010両国国技館大会でオカダの保持するIWGPヘビー級選手権への挑戦が決まっている。現在のところ、両国のカードはその1試合のみしか発表されていない。

 

 ところが、大会までまだ1カ月も日にちがあるのに、前売りチケットはすでに6割以上も売れているらしい。しかも、新日本としては強気のG1最終戦仕様である。つまり、升席はすべて4人掛けの形式。オカダ・カズチカvs丸藤正道。やはり、ゴールデンカードと言っていいだろう。

 

 そこで、これからが本題。今年のG1メンバーが発表される前、つまり上半期の集大成たる6・19大阪城ホールが終了したころまで遡ってみて、だれがこんなカードを予想し得ただろうか? どう見ても今年上半期の主役は、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンを結成し、一大ムーブメントを起こした内藤哲也だったし、内藤vsオカダこそが頂上対決だった。

 

 だから内藤がIWGPヘビー級王座を初戴冠した4・10両国大会あたりから、ひとつの予想というか、「これしかない!」という図式が私たちの頭のなかにも勝手に出来上がっていた。内藤vsオカダは大阪城ホールで再戦、その結果がどう転ぼうとも、G1を経て、来年の1・4東京ドームのメインでみたび内藤vsオカダのIWGPヘビー級選手権がメインを飾るだろう。そういう見方である。

 

 ところが、先のG1で奇跡的な番狂わせが起こった。なんとファイナルに駒を進めたのが、無印のケニー・オメガと後藤洋央紀。さらに、ケニーが外国人としてG1初制覇という快挙を達成してしまった。しかも、ケニーは公式戦の最後の大一番で内藤を破っての決勝進出。

 

 これによって、私たちが頭に描いていた当たり前であるとか、常識であるとか、思いこみが、すべて崩壊したのだ。G1はG1で大成功だったし、感動とサプライズの終焉。ところが、終わってみてNEXTの展開を考えてみたら、なにがなんだか、なにが起こるのか、1・4ドームはどうなるのか、さっぱりわからなくなってきた。

 

 G1覇者に1・4東京ドームでのIWGPヘビー級王座挑戦権利証が与えられるようになった2012年から見てみると、同年優勝のオカダ、2013年の内藤(1・4のオカダ戦はファン投票によりセミに置かれたが)、2014年のオカダ、2015年の棚橋弘至と、権利証を持った選手はすべてドームでのIWGPヘビー挑戦を実現させている。

 

 一方、IWGP王者に関しては、G1終了後に王座が移動したのは一度だけ。2014年の1013両国大会で時の王者、AJスタイルズに挑戦した棚橋がベルト奪取。翌2015年の1・4ドームでオカダの挑戦を受け退けている。

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