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  • 2016.08.20

GK金沢克彦コラム #113

GK金沢コラム連載第113回!! 「ケニー・オメガ」

ひとりの外国人選手が生まれたことにより膨らむ闘い模様や期待感

『ゴング』第16号の締切りともろ重なったこともあって、今週も更新が遅れてしまい申し訳ない。あとは、リオ五輪のテレビ観戦に夢中になっていたのもひとつの要因。重ねがさねスマン! 

 

 今回は、『G1 CLIMAX 26』(以下、G1)を通して感じたことや、こぼれ話を書いてみようと思う。

 

 まず、これはほかの媒体でも書いてきたことなのだが、26回目のG1で外国人初の優勝という快挙を達成したケニー・オメガのこと。正直、私はケニー・オメガというレスラーをそれほど評価していなかった。その評価が一変したというか、「オッ!」と思ったのが、Bブロック初戦となった7・22後楽園ホール大会。相手は、初出場のYOSHI-HASHIだった。

 

 ケニーvsYOSHI-HASHI戦はピッタリとガッチリと噛み合った。無論、試合をリードしていたのはYOSHI-HASHIの2倍のキャリアを持つケニー。その非情な攻めに耐え抜いたYOSHI-HASHIが新技・カルマで大逆転のピンフォール勝ち。

 

 その瞬間、後楽園ホールの熱狂はピークに達した。完全にケニーの掌だった。観客も対戦相手もケニーの掌に乗せられていた。ケニーの唯一の誤算はYOSHI-HASHIがG1仕様に新フィニッシャーを用意しており、それにしてやられたことだけ。

 

 その試合の直後、ハチミツ二郎さんとバッタリ会ったとき、お互いにケニーの素晴らしさを大いに称え合った。

 

「ケニーって、こんな凄い選手だったっけ? ここまでYOSHI-HASHIを引き出した選手は初めて観た!」

 

 それが私の素直な印象だった。先ほどケニーをそれほど評価していなかったと書いたが、それには今回のG1に別ブロックながらノアの丸藤正道がエントリーしていたこともある。

 

 丸藤とケニーといえば、どうしてもあの試合を思いだしてしまうのだ。丸藤が前回G1に初出場したのは、2012年のこと。オカダ・カズチカがカール・アンダーソンを破って初出場・初優勝を達成した大会である。このとき丸藤は得点こそ同点3位に終わっているものの、同ブロック1位となった棚橋弘至にもアンダーソンにも勝っている。アンダーソンが決勝進出を果たしたのは直接対決で棚橋を破っているからだった。

 

 4年前も新日本マットに新風を吹き込んだ丸藤。ただし、本来であれば丸藤のG1初出場の舞台は、そのさらに2年前、2010年の大会になるはずだった。ちなみに、この年の優勝戦カードは棚橋vs小島聡で、全日本を退団してフリーになったばかりの小島が、フリーとして初のG1制覇を成し遂げた。

 

 では、なぜこのとき丸藤の参戦が消滅してしまったのか? 憶えている人もいるのではないだろうか? G1(8・6後楽園ホールから開幕)を前にした7月25日、丸藤はDDTの両国国技館大会にスペシャル参戦した。カードは丸藤vs飯伏幸太の夢の対決。ところが、5月に新日本の『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア』に出場した飯伏は優勝決定戦でプリンス・デヴィットと対戦した際に放ったファイヤーバードスプラッシュで肩を脱臼していた。

 

 リハビリは順調に進み、飯伏の復帰戦の相手として用意されたのが、大物の丸藤だった。ところが、練習中に肩の怪我を悪化させた飯伏は欠場せざるをえなくなってしまった。そこで苦肉の策として、丸藤とのシングルに挑んだのは、飯伏のパートナーであるケニー・オメガ。

 

 丸藤vsケニー。ここでアクシデントが起こる。試合序盤、5分が経過したころだった。オカダが見せるフラップジャックのような感じでケニーが丸藤を抱え上げ、コーナーマットにたたきつけた。右肩からマットに激突した丸藤の動きがピタッと止まった。激痛に顔を歪める丸藤。右腕に力が入らないのかブランとしたまま。ただ事ではない状況に、試合が一旦ストップされて右肩に応急処置を受ける。

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