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  • 2014.07.24

GK金沢克彦コラム #5

GK連載コラム第5回!! 「ゴング復刊!!」

GKのゴング復刊宣言!!

たとえ道は険しくても笑っていこうぜ!

 

 本日(24日)更新の私のアメーバ公式ブログで、『ゴング復刊0号』発売決定を正式に発表させてもらった。大まかな発表事項は次のとおり。

 

・9月9日(火)発売。

・定価=972円(税込)

・販売元=徳間書店

・編集部=ペールワンズ(代表・井上崇宏)

・編集長=金沢克彦

 

 ここで、読者の方々が気になるのは、『ゴング』の商標権の問題だと思う。2007年3月、ゴングが休刊に追い込まれる約1カ月前、版元の日本スポーツ出版社の社長であったM氏は別会社の民事再生法違反で逮捕され、結局、実刑処分となった。ところが実際、ゴングが有する膨大な資料(※主に30年にわたる試合のポジフィルムなど)とゴングの商標権を有していたのはM氏だった。刑期を終えて社会復帰(?)したM氏は、ゴングの膨大にして貴重な資料をすべてベースボールマガジン社に売却した。

 

 ゴングの競合誌だった『週刊プロレス』を発行している会社にそれをすべて売ってしまったのだ。もちろん、プロレス関連の出版物を扱う会社でなければ、そこにどれほど貴重なポジフィルムが眠っていようとも、なんの役にも立たないわけだから仕方がない。一方で、M氏はゴングの商標だけは決して手放そうとしなかった。それを持っていれば、いつかゴングの名のもとに、ゴング誌を復刊できると信じていたようだ。しかし、風のように現れてゴングを買収したかと思ったら、あっという間にゴングを潰して塀の中に直行した人間の話に乗る者などいなかった。少なくとも、元ゴングのスタッフたちはM氏がどんなにウマい話を持ってこようと全員が断っている。

 

 私も何度かそういう話をもらったと記憶している。ただし、私に対してだけは、M氏は一度も直接連絡をしてきたことがない。つねに人を介して接触を試みてきた。よほど私に対して後ろめたさがあったのだろう。まあ、M氏にも人間の感情があるということか。私をゴングから追い出すように仕向けたのもM氏なら、私がテレビ解説などで得た出演料をかすめ取ろうとしていたのもM氏。自分で契約書を作っておきながら、その契約事項をすべて無視して私の稼いだお金を盗もうとしていたのだ。そんな人物と私が話す気もないことは、さすがに自分でもわかっていたようだ。結局、「ゴングをやらないか?」という甘い誘いに乗ろうとした外部のプロレス関係者は2~3名いたのだが、計画はすべてとん挫している。

 

 意外な情報を聞いたのは、1年半ほど前だったと思う。実は2年前に私はノンフィクションのプロレス単行本の執筆オファーを受け、それを必死に書いていた。担当は、E社のWさん。Wさんとは古い知り合いなのだが、実際にはあまり会話をした記憶がなかった。ただ、実際に会って話してみると、本当に誠意の塊のような好人物だった。

 

「私もゴングに思い入れがあるんです。そこでゴングを歴史から消さないためにも金沢さんに自伝的にゴングを書き残してほしい。週刊ファイトからゴング、そしてゴング退社、ゴング休刊までをGK目線のノンフィクションでお願いしたいんです」

 

 正直、書き下ろしはもう辛いなあという思いもあったのだが、Wさんの人柄にも惹かれてオファーを受けた。だいたいからして、この出版不況の最中、とくに単行本が大苦戦している時代に、出版サイドからオファーが来ること自体異例というか、これほど有難い話もない。私は東野圭吾ではないのだから……(笑)。ところが、2012年12月半ばに私のペンはピタリと止まった。ちょうど、週刊ファイトを退職し、ゴング編集部に移籍したところの話でストップした。千葉市在住の父が道路上で転倒し右腕を骨折、その5日後に自宅で倒れ病院に搬送され、呼吸困難のため一時は親族がすべて病院に召集される状態までいったのだ。幸い、父の容態は劇的な回復を見せたものの、歩行困難となり介護認定5に指定され自宅療養することになった。千葉の自宅には母しかいない。私も精神的なショックを受けたし、父の介護を手伝うために何度も埼玉―千葉を往復することになった。仕事も絞らせてもらったし、集中して書き下ろしに専念できる状況にはなかった。両親の面倒をみているうちに、今度は私のほうが体調を崩し自律神経のほうがおかしくなってきた。

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