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  • 2016.06.26

GK金沢克彦コラム #105

GK金沢コラム連載第105回!! 「プロレス界のど真ん中に居座る男」

6・19大阪城ホール大会総括!

メインの勝者は間違いなくオカダだったが手のひらに乗せていたのは……

 今週のコラムも更新遅れとなってしまった。申しわけないこと、この上ない! 例によってまた一応の言い訳をしておきたい。新日本プロレス上半期最大のイベント、下半期へのターニングポイントとなる6・19大阪城ホール大会。もう、このネタで鉄板のはずだった。

 

 そこで同時進行で最終入稿をしていた『ゴング』vol.15(6月30日発売!)の大阪城ホール総括原稿を21日夕方に入稿し、翌22日夕方から自分が担当した獣神サンダ―・ライガ―インタビューと大阪城ホール総括の校正を行ない、ゴング関連の私の担当ページは終わり。

 

 そこから当コラムに手をつけるもよし、翌23日に健康的な早起きをして書くもよし、と理想的な流れになっていたのだが、事態は急変した(※はい、大袈裟ですね!)。夜9時頃から凄まじく喉が痛くなり、身体がダルくなってきたのだ。寒気がするし、熱っぽい。「こりゃ、ちょいとヤバイかも?」と思ったので、ホットミルクとパン、ヨーグルトを食べてから下熱鎮痛剤とPL顆粒(総合感冒薬)を飲んで早めに床についた。

 

 翌朝は8時に目が覚めたのだが、症状はむしろ悪化しているように感じた。そこで初めて体温計を取り出して体温測定。最近の体温計は脇に差し込んでから5秒で予測体温というのを計側してしまうから、こちらも進化が著しいのだ。で、ピピッと鳴ったので取り出してみると、39.8度。いやいや、冗談でしょう!? 5分ほど経ってからもう一度計ってみた。ピピッ! 39.8度。

 

 マジかよ。心も身体も折れた。普段は多少体調がよくなくても体温は計らない。数字を見ると、心が折れてしまうからだ。今回は完全に折れた。こんな高熱、小学生のころ以来ではないのかい? 午前8時半の診療開始時刻に合わせて近所の内科に行って診てもらったところ、「扁桃腺がかなり腫れてます。これはもう典型的な夏風邪ですね」と言われた。

 そうそう、大阪城ホール大会後、あまりにホテルの部屋が蒸し暑いのでクーラー嫌いの私がクーラーをガンガンにつけて寝た。これが原因であることは間違いないようだ。

 とてもパソコンに向かう気力が沸いてこないし、じつは翌朝8時の新幹線でまた大阪に向かう予定が入っていた。大阪読売テレビの人気トーク番組『そこまで言って委員会np』への出演(収録)が決まっていたからだ。とにかく薬を飲んで大量にポカリスエットを飲み、眠って汗をかくしかない。

 

 それで翌日はなんとか持ち直し、番組収録をこなすことができた。でも、帰京するとまた疲れからか熱が出てくる。そんなこんなで、いま現在、25日の午前5時過ぎ。テレ朝『ワールドプロレスリング』を観戦してから、ようやくパソコンに向かっているしだい。

 

 どう? ながーい言い訳だったでしょ? おまけに番組出演の宣伝までしてしまった。ついでにいうと、『そこまで言って委員会np』放送は、7月3日(日)午後1時30分~3時。ほぼ全国ネットながら、東京・首都圏での放送はなし。というのも、もともと東京で放送しないことをステイタスにしているという、過激なトークバラエティ番組なので。まあ、関西方面のかたはチェックしてみてね。

 

 さあ、お待たせしました。今年も予想以上の観客動員(9925人、超満員)に成功し、新日本人気健在ぶりを見せつけた6・19大阪城ホール大会の総括。まず、第0試合でジェイ・ホワイトのROH遠征壮行試合が組まれた。海外(ニュージランド)からやって来た青い目のヤングライオン、外国人選手が海外遠征とはコレ如何に? そんなジョークも出そうだが、ジェイの場合ちょっとばかりモノが違う。23歳で通算キャリア3年4カ月、新日本に入門して1年半。それなのに、相当なレベルで日本語が話せるのだ。試合は天山の送別のアナコンダマックスに敗れたものの、その後の挨拶がお見事だった。

 

 長い壮行スピーチをすべて日本語で話してみせたからだ。以前も書いたことがあるが。この選手はモノが違う。186㎝の長身で腕・脚が長く、あと10㎏増量すれば堂々たるヘビー級になる。日本語の習得力はレスリングの習得力にも相通じる。1年後、2年後、彼が帰国(?)したときには、おそらくオカダ・カズチカのライバルになり得るほど化けて帰ってくるのではないか? これに関しては、私はかなり確信をもっているのだ。

 

 では、全体的な総括をしてみたい。まず、残念ながら期待外れとはいかないが、期待を上まわるまでには至らなかったのが、第4試合、第5試合に組まれたジュニアのタイトルマッチ2連戦。IWGPジュニアタッグはもはや新日本名物といっていい4WAYマッチで行なわれた。王者=リコシェ&サイダル。挑戦者=ロメロ&バレッタ、ヤングバックス、reDragonの3チーム。ただし、初のイリミネ―ションルールが採用された。今回は試合権利のある選手がオーバー・ザ・トップロープで失格となる。

 

 この実験的ルールは裏目に出た感がある。トップロープを超えられない……つまり場外への豪快にして縦横無尽な空中戦が激減するということ。それに、そのルールじたいも浸透していない。だから、結局ヤングバックスが王座返り咲きを果たしたものの、いつもの盛りがりには欠けた。

 

 それによって割りを食ったのが、名勝負間違いなしと言われていたKUSHIDAvsウィル・オスプレイのIWGPジュニア戦。おそらく2人とも心に期すものがあったと思う。バック・トゥ・ザ・レスリング。新日ジュニアは飛ぶだけじゃない、レスリングでもヘビー以上に魅せてやる。

 

 ところが、前の試合の余韻を引きずってしまった。4WAYマッチが飛んだり跳ねたりの大空中戦だったら際立ったのかもしれないが、そうではなかった分、IWGPジュニア戦が地味すぎに映る。私など観ていて「もういいからオスプレイ、飛んでくれ!」と何度も心のなかで叫んでいた。こうなったら、オスプレイもKUSHIDAもタガをはずしてバンバン飛んでもらいたかった。

 

 これがナマ物の怖さだ。本来なら4WAYで大空中戦を見せて、IWGPジュニア戦では強さ、スキルを追求するIWGPジュニア王者と『スーパージュニア』王者の最高峰のジュニア決戦を披露するのが理想だった。ところが、4WAYマッチでの実験ルールに観客が乗りきれず、その空気がIWGPジュニア戦にまで大きく影響してしまったのだ。

 

 まあ、これだけのメンツをそろえながら、こういうこともあるのだろう。ぜひ、次への教訓としてほしい。

 

 そして、最後の3試合は燃えた。新日本が大爆発した。観客も燃えたし放送席も燃えたし、大阪城ホール大炎上となった。

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