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  • 2014.07.24

WRESTLE-1のイケメン登場!! 『黒潮“イケメン”二郎の俺がイケメンになるまで』「TAJIRIさんの弟子じゃなかったら、自分がイケメンだということに気づかなかったと思うんですよ」(前編)

7月1日より、TAJIRI率いるWNCよりWRESTLE-1に移籍してきた黒潮“イケメン”二郎。自らを“イケメン”と称し、ジャケットを着たまま試合をしたりと、移籍先のWRESTLE-1でも、独特の存在感を発揮しているが、果たしてこの男は何者なのか? 謎に包まれたそのレスラー人生を解き明かす! 今回は前編をお届けします。(収録日:7月23日)

「自分の試合を観ていたら、気づいたんですよ。ボクがイケメンであることに」

 

──黒潮選手、今日はよろしくお願いします。早速なんですが、ボクは黒潮選手がWNC当時、水泳帽を被って、ホイッスル吹いていた頃は知っていたんですけど、気がついたら“イケメン”になっていて、驚いたんですよ。

 

黒潮 そうですね。いろいろあったっちゃぁ、あったんですけど、なかったっちゃぁ、なかったんですけど。

 

──どっちなんですか(笑)。

 

黒潮 笛を吹いていた頃に属していたチームが、実質的に自然消滅してしまいまして(笑)。

 

──株式会社DQNというユニットですよね(笑)。

 

黒潮 はい。それが諸般の事情で消滅したときに、普通のレスラーに戻ったんですよ。でも、やめたくてやめたわけじゃないんで、プロレスに対してのモチベーションが一気に下がっちゃったんですよね。デビューして1年半ぐらいだったんですけど、どよ~んとした気分になっちゃって。だから、ホイッスルを吹くのをやめてからは、言葉は悪いですけど、適当にプロレスをやっていたんですよ。でも、やっぱりおもしろくないんですよね、やってても。そんなときに自分の試合を観ていたら、気づいたんですよ。

 

──何に気づいたんですか?

 

黒潮 ボクがイケメンであることにですよ。

 

──自分の試合を観ていて、「俺、イケメンじゃないか?」と(笑)。

 

黒潮 そうなんですよ。プロレスって、お客さんに喜んでもらわなきゃいけないスポーツじゃないですか? 自分も楽しめて、お客さんにも喜んでもらえるのは何かなって考えたときに、ボクのイケメンを晒したほうがいいんじゃないかと思って。イケメンを見たほうがみんなも楽しめるでしょ?

 

──まあ、そうですね(笑)。

 

黒潮 確かに最初は探り探りやっていたんですけど、ちょっとずつ支持をいただいて、がんばってきた結果、ここまでのイケメンになれたんですよ。

 

──ようやくイケメンぶりが浸透してきたというか。

 

黒潮 そうですね。お客さんはだいぶわかってくれたんじゃないかとは思うんですけど、まだ自分のなかでは全然足りないですね。

 

──浸透ぶりがですか?

 

黒潮 いや、自分がまだなんにも完成してない状態なんで。イケメン度もこれから磨きをかけなきゃいけないし、身体もそうですよ。ボクはまだ、レスラーとしてはよちよち歩きの状態ですからね。

 

──だって、デビューしたのが2011年の12月30日ですもんね。

 

黒潮 まだ3年経ってないですね。

 

──でも、既にこういうキャラクターを確立しつつあるのは素晴らしいですね。

 

黒潮 それはボクがイケメンだからというのもあるんですけど、すべてはTAJIRIさんに教えていただいたことをやっているだけなんですよ。

 

──TAJIRIさんの教え!

 

黒潮 イケメンというキャラクターを作っていくのは全部自分なんですけど、プロレスラーとしての生き方や、世界で通用する生き方をレクチャーしていただきましたからね。そのTAJIRIさんの教えを受けて、自分なりに表現しているのが黒潮“イケメン”二郎なんで、TAJIRIさんには頭が上がんないですよ。本当に尊敬しています。

 

──心酔してますね! ちなみにプロレスは元々お好きだったんですか?

 

黒潮 はい。物心ついた頃から、親父の影響で好きでしたね。みちのくプロレスとかが好きだったんですよ。ザ・グレート・サスケ選手とか、スペル・デルフィン選手とか、マスクマンだったり、個性の強い人が好きでしたね。で、小学校の卒業アルバムには「プロレスラーになりたい」って書いてありました。

 

──小学校のときに既にプロレスラーになりたいという夢をお持ちだったんですね。本格的にプロレスラーを目指そうと思ったのはいつ頃なんですか?

 

黒潮 本格的に目指そうと思ったのは、高校卒業の時期なんですけど、それより前に中学2年生の頃に、ハッスルの道場で練習していたことがあるんですよ。

 

──ええ!? どういうことですか?

 

黒潮 実はボクの父親がTAJIRIさんの知り合いだったんですよ。で、TAJIRIさんが日本に帰ってきて、『ハッスル』に入ったじゃないですか? そのときに、ボクがプロレスラーになりたいということを知っていただいていたので、「練習に来ていいよ」って言われたんですよ。でも、行ったら小川直也さんとかいるんですよ(笑)。

 

──ハッスル道場に(笑)。

 

黒潮 KUSHIDAさんも練習していたし、「俺、何やってんだろう?」っていうぐらいのテンションですよね(笑)。

 

──凄い環境に放り込まれましたね(笑)。当時、練習を仕切ってたのは安生(洋二)さんですか?

 

黒潮 そうですね。安生さんとTAJIRIさんがプロレスを教えてくれていましたね。

 

──具体的にどんな練習をされていたんですか?

 

黒潮 初めて行った練習で、スクワット600回とか。

 

──いきなり、中学2年生にスクワット600回(笑)。

 

黒潮 『ハッスル』の練習って、すげえ厳しいんですよ。「ファイティングオペラ」とかって謳っていたから、ナメて見る人も多いんですけど、練習だけは半端じゃなくて。だから、\(^o^)/(バンザイ)チエさんという女性のレスラーいたじゃないですか?

 

──はい、いましたね。

 

黒潮 女性のチエさんですら、スクワット600回とか普通にやるんですよ。そのあとジャンピングスクワット200回とか全部やって、そこから2時間ぐらいプロレスの練習して、みたいな。練習生とかもいないんで、人数が5人ぐらいしかいないから、自分の番がバンバン回ってくるんですよ。だから、いま考えたら、中学生でよくそんだけできたなと。帰りの電車とかは立てないぐらいですよね、毎回。

 

──スパーリングとかもやったんですか?

 

黒潮 スパーリングは寝技をいきなり30本。30本やったあとにもう30本。いまやったらどうかはわからないですけど、そのときはホントにキツかったですね。

 

──それまでスポーツ経験はあったんですか?

 

黒潮 何もやってないですね。プロレスに近いだろうと思って、柔道部に入ってたんですけど、幽霊部員だったんで。だから、みんなボクとスパーリングをやるときは、自分がやりたい技をやってきたりするんですよ。

 

──ああ、実験台にされるわけですね。

 

黒潮 ボクはマジでやっているんですけど、KUSHIDAさんなんかには寝技の練習中に足4の字固めをかけられたりとかしましたからね。

 

──ガチスパーでですか?

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