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  • 2016.03.10

GK金沢克彦コラム #90

GK金沢コラム連載第90回!! 「浪花節集団・ZERO1の15周年」

3・6旗揚げ15周年記念大会に、
『ゼロワン』の歴史を彩ってきた選手たちが集結!

 3月6日、ZERO1旗揚げ15周年記念大会が後楽園ホールで開催された。まず、ZERO1社長である大谷晋二郎の開会挨拶の前に、去る3日、くも膜下出血により47歳の若さで亡くなったハヤブサ(江崎英治さん)の追悼10カウントゴングが打ち鳴らされた。

 

 リングに立ったのは、田中将斗、黒田哲広(アパッチプロレス軍)、宮本裕向(大日本プロレス)、藤田峰雄(フリ―)の4選手。いずれも、ハヤブサに所縁の男たち。藤田と宮本はハヤブサがコミッショナーを務めていたWMFからレスラー人生をスタートさせ、田中と黒田は言うまでもなくFMW時代の同志であり後輩にあたる。

 

 とくに、田中と黒田は大仁田時代以降のFMWをハヤブサとともに支えた3枚看板といっていい。今回のハヤブサ急逝に関して、思うところは大いにあるだろう。そういえば、昨年1月23日発売の記念すべき『ゴング』第1号の企画として、ハヤブサ×田中対談を行なった。

 

 ハヤブサにわざわざどこかの店などに来てもらうのもなんだなあと思っていたら、本人が「もしよかったら家でやりませんか?」と気づかってくれた。ハヤブサは京急の梅屋敷駅から徒歩5分ほどのマンションに住んでおり、田中もときどき遊びに訪ねていくというから、好都合だった。

 

 ハヤブサと田中は本当に仲がよかった。田中が2年後輩にあたるが、ほとんど友達のノリだったし、ライバルとして互いをリスペクトしていた。それに、ハヤブサはいまでも田中のことを新弟子時代の仇名である『おにいちゃん』と呼んでいた。いまとなっては、この企画をやっておいてよかったと思う。そのときも言っていたが、田中はあらためて同じことを口にした。

 

「1週間前にFMWの会場で話していたのに、『なんで?』って。驚きしかなかった。自分はシングルで一度もハヤブサさんに勝ったことがない。だから、ハヤブサさんが復帰したら初勝利をあげたかった。まだ、あの人に食らわせたことがないスライディングDを叩きこんでね。でも、ボクはあの人にまだ追いつけない。ハヤブサとしてやっていた時期がそんなに長いわけじゃないのに、みんなの心、記憶に残っているから。それは、あの人が持っているオ―ラでしょう。リングでまた対することができなくなったけど、ずっと追い掛けていきます」

 

 田中将斗は田中将斗。どんな事態が自分に降りかかってこようとも、今後も彼は自分の試合を貫いていくだろう。しかも、その戦場へと向かうときの覚悟は以前にも増して厳しいものとなるような気がする。

 2012年7月、田中は山形で棚橋弘至の保持するIWGPヘビー級王座に挑戦し、25分を超える激闘の末に敗れた。場所は新日本マットだし、田中はヒールとして位置づけされていた。ところが、試合後に引き揚げていく田中へ観客は万雷の拍手と『田中コール』を送った。さらに至宝を守った棚橋は、「勝ってなお、田中選手に対する尊敬の気持ちが増した」と最大の敬意を表している。日本マット界のエースである棚橋が、すべてを認める男なのだ。

 

 ハヤブサの話が長くなってしまった。この日のZERO1には、懐かしい匂いがプンプンしており、古くからZERO1を見てきたファンには堪らないメンバーが集まったという感じ。

 

 ZERO1で生まれZERO1で育った橋本大地が約2年ぶりに里帰り。その他にも、大森隆男、高岩竜一、葛西純、スティーブ・コリノ&CW・アンダーソン、黒田哲広、小笠原和彦、不動力也、富豪富豪夢路と過去15年の『ゼロワン』の歴史を彩った選手たちが参戦してきた。会場には、引退した高橋冬樹の姿もあった。

 そうそうたるメンバーのなかで第1試合を務めたのは10周年記念となる2011年の3・6両国大会でデビューし、2014年3月に退団。IGF→大日本プロレスと戦場を移し、2年ぶりに生まれ故郷へ帰ってきた大地だった。相手は、大地がまだZERO1にいたころ練習生だった磐城利樹。今年1月1日付けで大日本の一員となった大地は、「大日本の橋本大地として、こいつ(磐城)を潰すまで」と言葉少なに語った。

 

 身体がひとまわり分厚くなった大地。ややぽっちゃり系なのはまさに親父(橋本真也)譲りだろう。その風貌も試合内容も、ますます親父に似てきた。エルボーとキックだけでの勝負。その1発1発に魂を込めて打ち込んでいく。磐城の気持ちを確かめるように相手の攻撃も受け切ったうえで、カウンターのニ―ルキックからファルコン・アロー。さらにPK、三角絞めでトドメをさした。

 

15周年に呼んでもらえて、オープニングの試合で光栄です。嬉しかった。ZERO1に対して募る思いはいっぱいあるけど、ここでは語りきれないんでまた次回にします。(次にオファーがあったら?)もちろん。今日ひさびさに控え室にいたら、(顔見知りの)外国人がいたり、崔さん、耕平さんのイジリがあったり、そこに他団体だけどウチの大将(関本)がいたり、スゲェ―懐かしい感じで。ボクにとって故郷、家だった場所ですから」

 

 もともと、ZERO1が嫌になって退団したわけではない。生きていくために、背に腹は代えられない事情があった。ZERO1の先輩たちのことも好きだった。大谷をはじめZERO1のメンバーも大地のことを可愛がっていた。それでも退団となれば、どこかで一線をひかなければいけなかった。

 

 そこでたまたまタイミングがピタッと合った。むかしからZERO1と交流の深い大日本に大地が入団したことにより、その距離が一気に縮まったのだ。里帰りの意味、その重さを大地は知っている。ZERO1に乗り込んできて、成長した自分を見せること。それが恩返しであることを大地は知っている。第1試合を任されたことが、いかに大切なことかも大地は知っていた。

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