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  • 2015.09.11

GK金沢克彦コラム #64

GK金沢コラム連載第64回!! 「磨き続ける包丁」

©菊池茂夫
GK金沢が挑んできたインタビューの履歴

 この9月は、『ゴング』vol.8発売日の25日を前にして20日~23日の4連休が控えている。だから、必然的に『ゴング』の締切りも早くなる。すなわち、いま現在が仕込みの取材真っ最中であり、凄まじくタイトなスケジュールとなってくるのだ。

 

 他人事ではあるけれど、『週刊プロレス』など通常の発売日が水曜日なのだから、この日程にどう対応するのだろうか? そんなことを考えると、『週刊ゴング』在籍時代に毎週の締切りと闘っていた自分を少し思いだす。カレンダーをにらみつつ、連休を見つけると「チッ」と舌打ちして苦虫を嚙み潰していたころを思いだす。そのときの心境は思いだすのだが、どう対応していたのか細かいことはまったく憶えていない。

 

 ここが不思議なところで、年齢を重ねると人間には浄化作用が働くというのが本当だとわかる。つまり、嫌な思いでや辛い出来事は自然と浄化されて、いい思い出だけが心に残るということ。ただし、いまだにちょくちょく業界を騒がせている暴露系ムック本に登場する元関係者などには当てはまらない。この手の人たちは、浄化されているのではなく、過去の事実を自分に都合よくねじ曲げている場合が多い。しかも、事実がねじ曲がっているのに、それが事実だと言いきるから困ってしまう。

 

 ブシロード木谷会長の言う、「他人の心配をしている暇があったら、自分たちの心配をしてほしい」というのが正論。これ以上の答えはないだろう。

 

 今週は妙な前置きとなったが、つまりいま忙しい。ひじょうに忙しいうえに、次号の『ゴング』とのネタかぶりもあるので、当『GK金沢克彦コラム』の更新がまた1日遅れてしまったことの言い訳をしている。そういうふうに捉えていただきたい。というか、そういうことなんだよ~(笑)。

 

 昨日(10日)は横浜にある大日本プロレス道場を初めて訪ねた。大日本の某実力派大物選手のインタビュー取材を行なうため。サムライTVの情報番組に出演したときなどに、よくVTRで流れる大日本の道場。初めて足を踏み入れるのに懐かしいような、不思議な気分を味わった。なによりおもしろかったのは、立ち合ってくれた小松記者が某若手選手にファンと間違えられたこと。私たちが訪ねたお昼時がちょうどミーティングの時間帯で、そこに小松記者がズカズカと入りこんで挨拶しようとしたところ、某若手選手から「いま、ダメだから。入らないで!」と押し戻されたのだ。

 

 これはそうとうにおもしろい光景で、私は爆笑してしまった。まあ、あらためて小松記者の全体像を見れば、ファンと間違えられても仕方がないなあという感じもあるからだ。かくいう私もふだんは小松記者とそう変わらない感じ。ただ、面が割れているから勘違いされないだけなのだろう。

 

 こういう体験も、『ゴング』が復刊したからこそ味わえるというものだ。昨年9月の『ゴング』復刊以来、私は未知の選手たちに数多くインタビューしてきた。未知と言っても、かなり昔からよく知っているのに、自分の立場であったり、仕事のフィールドが決まってくるから、たまたまインタビュー取材をする機会がなかった選手、ここ数年で頭角を現してきた選手などもいる。

 

 いま現在で、業界キャリア29年と4カ月余。その間、じっくりと腰をすえて1時間前後のインタビューを行なってきた選手となると、数限りない。とくに、1986年5月から『週刊ファイト』の記者となり、『ファイト』に在籍した3年半の間、毎週2ページのロングインタビューページをレギュラーで持っていたから、1980年代後半にマット界で活躍した選手(元選手)のほぼすべてにインタビューをしてきたような気がする。

 

 新日本プロレス系でいうと次のようメンバー。アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰爾、長州力、木村健悟、木戸修、マサ斎藤、アニマル浜口、星野勘太郎、山本小鉄、キラー・カーン、ヒロ斎藤、ジョージ高野、スーパー・ストロング・マシン、越中詩郎、小林邦昭、後藤達俊、小杉俊二、ブラック・キャット、ドン荒川、山田恵一、獣神サンダ―・ライガ―、佐野直喜、武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也、船木優治(誠勝)、野上彰、クリス・べノワ、鈴木実(現みのる)、馳浩。

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