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  • 2015.06.19

変態座談会 #25

ターザン山本変態座談会【5】「井上編集長がいなかったら、ボクは野垂れ死んでだ。その井上編集長が作った活字プロレスを残すのがいまの一番の願望ですよォ!」

浅草キッドの玉袋筋太郎、構成作家・椎名基樹、プロレス&格闘技ライター・堀江ガンツの“変態”3人が、酒を飲みながら居酒屋で好き勝手に語りまくる変態座談会。今回は、ターザン山本!ゲストの回、未公開分をお蔵出しでお届けします!

 

 

玉袋 山本さんは、去年の大晦日に前田(日明)さんと再会があったわけじゃないですか?

 

ターザン 会ったねえ~。デコピンやられたよォ!

 

玉袋 そうやって前田さんと、まさかの和解をして……和解はしてねえのか。でも、ああやって同じ舞台に立って。みんな年を取ったから、これからもどんどん再会ってあるのかね?

 

ガンツ 怨讐を超えての再会がさらにあるのか、と。

 

ターザン 普通は年取ったら、みんな和解するじゃない? でも、俺と長州、天龍だけはダメなんだよねえ……。

 

ガンツ 長州さんとは、“咬ませ犬”発言以降、維新軍の初期とかはすごく仲が良かったんですよね?

 

ターザン 長州の自宅マンションに上がらせてもらってインタビューしたり、ずっと追っかけてましたよォ! でも、ボクがUWFを応援するようになってから、ダメになったんだよね。

 

椎名 「山本、Uはおまえだ」って言われたんですもんね。

 

ターザン そうですよォ!

 

玉袋 「Uはおまえだ」って、あれはダジャレだったって説もあるけどな(笑)。

 

椎名 「ユー(YOU)」が「おまえ」っていう(笑)。

 

玉袋 それを「UWFは俺だったんだ!」って勝手に解釈したっていうね(笑)。

 

ガンツ 天龍さんとは、もともとあまり関係は良くなかったんですか?

 

ターザン いいも悪いも、ボクはあまり付き合ってないもん。

 

玉袋 『週刊ゴング』の小佐野物件だからな。

 

ガンツ でも、『週プロ』も天龍革命は、スタートしたときから相当推してましたよね?

 

ターザン 推してた。あのとき、長州たちがみ~んな新日本に戻ったでしょ? で、全日本は全然活気がなくなったわけよ。そこに天龍と阿修羅・原が立ち上がったのが、たまらなく魅力的だったんだよね。だって、あのレボリューションというアングルは、馬場さんが考えたんじゃなくて、天龍が自分から行動して馬場さんを認めさせたという、全日本では極めて珍しいかたちだったんですよ。

 

玉袋 まさに革命だったわけか。

 

ガンツ だから天龍さんと一緒に飲みには行かなくても、信頼関係はあったわけですよね?

 

ターザン 誌面のうえではね。天龍さんがランディ・サベージとやったときとか、興奮したもんなあ。

 

玉袋 あれはよかったよ。ファンとしては、「あんなチャラチャラしたアメリカンレスラーとやってほしくねえ」って気持ちも事前にはあったけど、いざやったらすげえ試合だったもんな。あんないい試合はねえよ。

 

ガンツ あの天龍vsサベージの2週間後には、天龍さんは全日本を離脱してるんだから、あの頃は激動でしたよね。

 

玉袋 激動。そこをまた勝手にターザン山本が混ぜっ返してね。だから、ぬか床と一緒でね、毎日撹拌しないとプロレス界もダメになる。やっぱり山本さんみたいにね、混ぜてる人がいたほうがおもしろくなるんだよ。

 

椎名 世間に目が向いてるというかね。

 

ガンツ だからSWSができたときもそうですけど、あの頃の『週プロ』の表紙って、傑作だらけでしたよね。毎週毎週、ひどいけど傑作だらけ。

 

玉袋 俺が印象に残ってるのはね、カナダのタイガー・ジェット・シンの家まで馳浩が行って、馳が沼に落っことされてる写真な。あれ良かったよ。

 

ガンツ  「馳、おまえそんなところで何をしてるんだ?」って表紙コピーじゃないですよね(笑)。

 

玉袋 あの沼に落とされてるのが、『お笑いウルトラクイズ』的でいいんだよ。あと田村(潔司)が月を見上げてる表紙、あれは名作だったね。

 

ガンツ 田村vsパトリック・スミス戦前の「月になる男」ですね。

 

椎名 あと、安生洋二が道場破りに失敗して、ボコボコにされた顔の表紙。「なんつー、すげえことが起こってるんだ!」って思ったもん。

 

玉袋 それだけ、マット界を動かしてた人間が、ある日、すべてを失うってところがすげえよ。そのあと、格闘技ブームが来たけど、そんときはもうターザン山本はいねえんだもんなあ。

 

ガンツ 山本さんは、UFCがスタートしたばかりのときから、積極的に取り上げてましたよね。『週プロ』でも取り上げてたし、谷川さんを遠隔操作して、『格通』でもガンガン煽らせて。

 

玉袋 骨法の堀辺師範の全盛期だよな。

 

ターザン ボクはあの頃からもう、「これからは格闘技の時代が来るな」って思ったわけ。だからボクは当時のベースボール・マガジン社の二代目社長に言ったんよ。これからは『週刊プロレス』は古いですよと。「タイトル変えましょう」と。これからは『週プロ』に誌名を変更しましょう、と。そうすれば格闘技もプロレスも両方扱えるので、「週プロ」を商標登録してくださいって言ったんだけど、社長は「できない」と言ったんだよね。

 

玉袋 もったいねえなあ。

 

椎名 『ファミ通』にしたって『kamipro』にしたって、そういう流行りがあったんですよね。

 

玉袋 そうだよ。

 

ターザン 『週プロ』にすれば、すべてのプロのエンターテインメントを扱えるからここで変えましょうって言ったんだけどねえ。ボクは「プロ格」という言葉も生み出して、「これからはプロ格路線だよ」と言ったんだけど、そのとおりになったもんなあ。

 

椎名 『紙プロ』がまんまとその路線をかっさらって、売れていったもんね(笑)。

 

ターザン あと、当時のベースボール・マガジン社は、ほとんどの雑誌が儲かってなくて、『格通』と『週プロ』の儲けで、それを補填してたんですよ。それじゃもったいないから、俺は「『格通』と『週プロ』だけ独立して別会社にして、そこだけで儲けましょう」って言ったんだよ。

 

ガンツ ジャイアントサービス方式で、全日本プロレスという興行会社は赤字だけど、馬場家だけは儲かるという(笑)。

 

ターザン でも、それはできないって言われてね。「じゃあ、すべてを独立採算制度にして、編集長を経営者みたいにしてやっていきましょう」とも言ったんだけど、それもできないって言われたよ。3大提案したのに。

 

椎名 でも、勢いある出版社だったら、やってたでしょうね。

 

玉袋 やってるよなあ。当時のターザン山本はキレッキレだったんだな。でも、出る杭は打たれて失脚して。そうなると、その反動で次は真逆の浜部編集長になったんだろうな。プロレス界執着の浜辺としておなじみの(笑)。

 

ガンツ 「ブレイクしようぜ!」っていう伝説の表紙でその名を残した(笑)。

 

ターザン 浜部さんって「『週プロ』をクラスマガジンにしよう」って言ってたんでしょ? あの瞬間に『週刊プロレス』は終わったな!

 

一同 ガハハハハ!

 

ターザン それまで「非クラスマガジン」でやってたから、『週プロ』っていうのは存在意義があったのに。

 

玉袋 ただ、ターザンと同じ路線に行くわけにもいかねえから、苦肉の策で、そっちに舵を切った部分もあったんだろうけどね。まあ、そうやって山本さんが失脚して、ずいぶん経ったわけだけどさ。最後に聞きてえのはターザン山本の今後だよね。『エンディングノート』だよ。

 

椎名 どんな最期を遂げるのか(笑)。

 

玉袋 こっちはもう何度も山本さんの生前葬やってるからね。ホントに死んだときも、事前に言っといてくれたら、俺たち全部やるから。野良猫の餌にする野良猫葬とかさ(笑)。

 

ターザン ハチベエが前に「全部、葬式を仕切る」って言ってたんだよね。

 

玉袋 ハチベエって『一揆塾』にいた競馬の予想屋でしょ? 予想屋が葬儀を仕切るっていうのがいいなあ(笑)。

 

椎名 山本さんはいまどうやって食べてるんですか?

 

ターザン まず年金があるじゃない? それが年間で130万ぐらいもらえて、あとは競馬雑誌の仕事を毎月一回で、それが10万円。あと『ターザンカフェ』が毎月27万もらえるんですよ。

 

玉袋 じゃあ、けっこう裕福じゃないですか。

 

ターザン 年収600万だからね。

 

玉袋 その歳でそんだけ収入があれば、裕福ですよ。勝ち組だよ。あんだけ負けたけど勝ってる(笑)。

 

ターザン でも、カネは一銭もないけどね。

 

椎名 それは競馬で?

 

ターザン ぜ~んぶ競馬ですよォ! だから、いまサラ金の借金が50万と20万で合計70万。あとキャッシュカードと家のローンの残りをそれにプラスすると95万。それから国民健康保険で払ってないのが20~30万あるから、合計120万くらい借金があるんだけど、ボクの収入があれば、普通はすぐ払えるよね(笑)。

 

ガンツ 競馬さえなければ(笑)。

 

玉袋 山本さん、時間はたっぷりあるんだからさ、早く小説書いてよ、分厚いやつ。まあ生きてることが小説だからな。そんなの奥崎謙三か山本さんぐらいだよ。

 

椎名 『ゆきゆきて神軍』(笑)。

 

玉袋 あれカメラ回してねえだけど、ターザン山本の人生、ドキュメンタリーで追ってたら、『ゆきゆきて神軍』ばりのもんになってたと思うよ。

椎名 これからやりたいことはあるんですか?

 

ターザン 大学の講師とかやらせてくれないかなと思って。編集学とかエンターテインメント学。

 

椎名 何か働きかけはしてるんですか?

 

ターザン ん? ぼーっとしてるだけですよォ!

 

玉袋 ガハハハハ! それがターザン山本なんだよなあ。

 

ターザン ボクはやっぱり、活字文化だったり、活字プロレスがなくなるのが一番寂しいし、それをどうしても後世に残したい、井上(義啓=元週刊ファイト)編集長の遺志をなんとか伝えていきたいというのが一番の願望だよね。

 

ガンツ I編集長はホントに死ぬ間際までプロレスのことを考えて、プロレスの原稿も書いてましたからね。

 

玉袋 すげえ人がいたもんだよ。

 

ターザン カッコいいねえ! 井上編集長がいなかったら、ボクの人生は何もなかった。井上編集長が『週刊ファイト』に拾ってくれなかったら、大阪で野垂れ死んでましたよ。最初の離婚をした時点で、やることなくて。

 

ガンツ I編集長じゃないと、山本さんのことを採用しなかったでしょうしね(笑)。

 

玉袋 変態の眼力っつーもんがあるんだよな(笑)。

 

ターザン ボクは井上編集長からすべてを学んだ。あの人が一番変態で。新大阪新聞のなかでも鼻つまみもので誰にも相手されなくて、要するにキ◯◯イ扱いされてたもん。でも『週刊ファイト』は会社で一番儲けてて、その利益で新大阪新聞は赤字を全部補填したの。

 

ガンツ それはターザン山本編集長時代の『週刊プロレス』とまったく一緒ですね。変人集団と思われて隔離されながら、会社はそこだけで儲けてるっていう(笑)。

 

ターザン まったく同じですよォ! それはボクだけじゃなくてね、プロレスファンも実社会でそういう扱いを受けていたわけですよ。そういう怨念や熱が爆発したんだよね。

 

 

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