• このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 2015.05.28

GK金沢克彦コラム #49

GK金沢コラム連載第49回!! 「本物のメインイベンターになった曙」

 先週末は、後楽園ホールに2日連続で足を運んだ。21日=全日本プロレス、22日=新日本プロレス。全日本は大きな人が主役で、新日本は小さな人たちが主役。例によって、全日本の集客はイマイチで、新日本はまたまた超満員札止め。まったくもって対照的なかつての2大メジャー団体。だけど、個人的にはどちらもおもしろかった。

 

 もうかれこれ、この5月でまる29年も仕事でプロレスを見続けているのに、この飽きっぽい私が「おもしろい!」と言えるのだから、やはりプロレスっておもしろいのだろう。そこだけは間違いないようだ。

 

 まず、新日本の『BEST OF THE SUPER Jr. XXⅡ』(以下、『スーパー・ジュニア』)開幕戦について。『トップ・オブ・ザ・スーパー・ジュニア』(1988年に第1回開催、91年~93年を含め4度開催)から数えて、今年で26度目のジュニアの祭典は『G1 CLIMAX』を上まわる歴史を誇っている。

 

 今年の特徴はなんといってもガイジン勢が多いこと。横文字、カタカナ書きの選手で溢れているのだ。率直に言うなら、飯伏幸太がヘビーに転向してしまったのは『スーパー・ジュニア』にとっては痛い。日本人で華やかなスタームードを持っている選手というのは、なかなかいないからだ。

 

 そこを補うのが、今年こそ今年こその期待を賭けられている大本命・KUSHIDA、初出場のヤングライオン・小松洋平、現IWGPジュニア王者・ケニ―・オメガによる出場ボイコットの煽りを食って(?)3年ぶりの参戦を決めた外道の存在。

 

 開幕戦では、KUSHIDAがマスカラ・ドラダに順当勝ち、小松と外道も大活躍を見せた。小松は第1試合で『スーパー・ジュニア』の生き字引であるライガ―と対戦。掌底の連打に敗れたものの、まったく臆することなくライガ―に挑んでいく姿は同じくヤングライオン時代の大谷晋二郎にソックリだった。試合後、着替えてセコンドの仕事に就こうとする小松に「若手時代の大谷晋二郎ソックリだったよ」と声を掛けると、「それって、最高の誉め言葉ですよね?」と会心の笑み。そう、もちろん最大級の誉め言葉だ。ただ、よくよく考えてみると、大谷がキャリア1年で『スーパー・ジュニア』初参戦を果たしライガ―に挑んだのが1993年だから、あれから22年が過ぎている。あれから22年が経ってもヤングライオンの厚い壁であるライガ―って、いったい何者なんだろう? もちろん、こちらも誉め言葉である。ちなみに、93年の同大会には今大会に初来日・初参戦となるデビット・フィンレ―の親父さんであるデーブ・フィンレ―もレギュラーメンバー的に出場していた。

 

 また、外道はメインに登場し、もうひとりの本命・田口隆祐を破って大ヒーローとなった。今年になって初のシングルマッチ、またシングルでメインを張ったのはプリンス・デヴィットの保持するIWGPジュニア王座に挑戦した2013年7・5後楽園ホール以来。すでにオカダ・カズチカのマネージャーとして大人気の外道であったが、あれから2年、その人気は何倍にも膨れ上がっていた。しかも、放送席(新日本プロレスワ―ルド)の解説にオカダが就いていたものだから、よけいに会場は盛り上がった。

 

 日本人の華やかなスター不在。横文字だらけの『スーパー・ジュニア』は、雑誌、新聞といった紙媒体としては非常に辛い。それが本音。ただし、会場人気にはまったくかげりなし。これもまた事実。それがいまの新日本なのである。だから、この『スーパー・ジュニア』は純粋に試合そのものを楽しんだらいい。

 

 私の大好きなアレックス・シェリーがわずか1試合を消化しただけで負傷欠場してしまったのは残念きわまりないが、ほかにも見どころ、注目ポイントはいくらでもある。先ほど触れたように『スーパー・ジュニア』草創期の顔のひとりでもあったフィンレ―の息子デビットはどこまで奮闘するのか? 色もの原人と見られがちだが確かな試合運びを見せるバルバロ・カベルナリオ(CMLL)がどんな大物食いをやってのけるか? タッグ屋のレッドラゴンとしてIWGPジュニアタッグ王座も巻きながら、ヤングバックス人気に押されてイマイチ認知度が薄いカイル・オライリ―とボビー・フィッシュ(ともにROH)がシングルで新日本ファンに認知されるかどうか? ROHではシングルでも実力派として活躍する両選手で、とくにオライリ―の実力はだれもが認めるところだけに、ぜひとも『スーパー・ジュニア』でスターの仲間入りをしてもらいたいところなのだ。

>