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  • 2015.04.18

変態座談会 #22

ターザン山本変態座談会【3】「UWFの15分完売も、全日後楽園の満員伝説も、俺のでっちあげだったんですよォォォォォ!」

全日本を再生させるためにUWFの逆をやったんですよォ!

 

ガンツ じゃあ今回は山本さんに、馬場さんとのお付き合いの真実を語っていただきましょうか。

 

玉袋 どんだけ、ごっつぁんしてきたかっていうね。

 

ターザン あのね、ひとつだけ言っておくよ。馬場さんと食事をしたことがないヤツは、全員モグリですよォォォォ! その点で、俺はいろんな人に大大勝利してるんですよ! 違う?

 

玉袋 でも、カネもらってたことを『金権編集長』で書いて、元子さんから出入り禁止を食らってんだから。

 

ターザン もう、あれ以来、二度と呼ばれませんよ!

 

玉袋 ワハハハ! 蜜月から出禁、いちいち振り幅が広いね。

 

ガンツ 馬場さんとのお付き合いというのは、もともとどういうところから始まったんですか?

 

ターザン これは何回も喋ってるけども、新日本プロレスがタイガーマスク人気で全盛期の頃(1981年~83年)、全日本は赤字経営で、馬場さんは日本テレビから社長の座を降ろされたんですよ。

 

ガンツ 1982年に日テレから出向の松根(光雄)社長に代わって、馬場さんは会長職ってことになったんですよね。

 

ターザン 全日本は赤字でも、馬場さん自身は潤ってるんだけどね。ジャイアントサービスやら、いろんな会社があって、自分はトップレスラーとしての給料もあるわけだから。

 

玉袋 全日本の社長業以外は儲かってたんだ。

 

椎名 社長やりながら、ファイトマネーはジャイアント馬場が一番もらってたでしょうしね(笑)。

 

ターザン でもね、全日本の社長が代わったはいいけど、結局、日テレから来た人は左遷みたいなもんじゃない? だから、やる気ないわけよ。“部外者”だから、レスラーからは相手にされないしね。

 

ガンツ 社長だけど仲間はずれという(笑)。

 

ターザン だから全日本はますます赤字になるんだけど、そこで松根さんがどうしたかと言うと、日本テレビから放映料を前借りしてたわけ。ただ、どんどん前借りするから、それが2カ月、3カ月、半年とか膨大になってきたわけですよ。でも、日本テレビはもともと「永久に面倒見るから」って馬場さんを口説いて、日本プロレスから独立させて、全日本を作らせたんで。赤字でもなんでも、親会社として支援してたわけ。でも、松根さんの前借りがあまりにもひどすぎたんで、ついに日テレも堪忍袋の緒が切れて、馬場さんを社長に復帰させて。「これからは前借りはなしで、自分たちで利益を出しなさい」って言ってね。そこで馬場さんは真っ青になったわけですよ。「え、こんな大赤字な会社を!?」って。

 

ガンツ じゃあ、全日本プロレスっていうのは、80年代半ばまで、のちのSWSと同じように、親会社の資金は豊富だけど、利益が出てない団体だったんですね(笑)。

 

玉袋 なるほどなあ。

 

ターザン それで困った馬場さんは、マスコミを集めて「俺、今度社長になることになったんだよな」って、愚痴りながら助けを求めたわけ。でも、みんな馬場さんがカネ持ってるのを知ってるから、困った顔しても本気にしないわけよ。そのときに「君たち、もし何かいいアイデアあったら教えて」とか馬場さんは言ったんだけど、みんなは冗談だと思って本気にしなかった。

 

ガンツ 金持ちジョークみたいなもんだとしか思われなかったわけですね。

 

ターザン そこでボクだけが「これはチャンスだ!」と思って、すぐ企画書を書いたわけ!

 

椎名 えら~い。フリーとして見習いたいね。俺なんか、面倒臭くて描かずじまいばかりだから。

 

ガンツ 書かなきゃいけないとは思ってるんですけどね(笑)。

 

椎名 そう。でも、行動には移せない(笑)。

 

ターザン それで、すぐ元子さんに電話して「馬場さんがこんなこと言われましたけど、ボクが全日本再生計画の企画書を書いたので、お伝えしたいんですけど」って連絡したら、「わかりました」って、元子さんがキャピタル東急ホテルの部屋を取ったんだよ。そのときにボクが更科(四郎)さんと松本(晴夫)さんを連れて行ったの。

 

玉袋 『ほとんどジョーク』と『ザッツ・レスラー』のイラストレーターか。

 

椎名 なんで、イラストレーターを連れていったんですか?

 

ターザン あの人たち、アタマがいいんですよ。あと、ボクひとりで言って根詰めて話すより、3人でわいわいやったほうがいいと思ってね。それで午後1時から7時くらいまで、企画書の説明したんですよ。

 

玉袋 へえー。

 

椎名 企画の中身は「こういう試合をして」とかですか?

 

ターザン 違う違う、まず一番大事なのは、馬場さんのイメージを変えることだったんですよ。ファンに「馬場」という呼び捨てではなく、「馬場さん」と言われるようにしよう、と。こっから始めましょうと言ったんですよ。

 

玉袋 凄いね! いい意味で現役じゃねえ感じにして、象徴にしちゃおうっていうね。

 

椎名 それがのちに、『ネェネェ馬場さん』って本になって(笑)。

 

ターザン プロレスっていうのはイメージビジネスだから。「まず、イメージポスターを作りましょう」って言ったんですよ。

 

玉袋 それが「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」ってヤツだよな。名コピーだよ。

 

ターザン あの頃、UWFがブームだったでしょ? それで自分たちだけは他のプロレスと違うとか、口からでまかせ言ってたわけじゃない?

 

椎名 口からでまかせ!(笑)。

 

ガンツ 『週プロ』はあれだけ新生UWFをプッシュしながら、その一方で馬場さんにUWFを否定させるという(笑)。

 

ターザン いやいや、『週プロ』でUWFをさんざん推してるってことは、逆に弱点も知ってるんですよ! だからUWFの逆をやってやったよ!

 

玉袋 また、いちいち梯子を外すね、この男も(笑)。

 

ターザン それで更科さんとか松本さんは、イラストとかデザインの専門家でしょ? 馬場さんに「こういうポスターを作りましょう」って、ちゃんとバックの紙を用意し、「こういう服装で来てください」「最高のカメラマンを用意します」ってスタジオに呼んで、馬場さんを撮ったわけですよ。

 

ガンツ なるほど。間違いなく、あそこから馬場さんと、全日本プロレスのイメージが変わりましたからね。

 

ターザン 馬場さんっていうのは、要するにアメリカンプロレス黄金期を知っている王道なんですよ。過去にこそ、価値があるわけ。だから「レトロレスラーを呼びましょう」って、ドン・レオ・ジョナサンを呼んだり、キラー・コワルスキーを呼んだりしたわけですよ!

 

ガンツ ドン・レオ・ジョナサンを呼んだ89年1月の後楽園。あのときメインイベントがダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミスvsマレンコ兄弟の名勝負で、ひとつのエポックとなる興行でしたよね。

 

ターザン あのキッド&スミスvsマレンコ兄弟のカードもボクのアイデアですよォォォ! 

 

椎名 そうなんだ。当時は冴えてましたね(笑)。

 

ターザン (無視して)あと、馬場さんはいままで、ファンからは遠い存在だったんですよ。

 

ガンツ 会場でTシャツ買えばサインしてくれますけど、ものすごく無愛想でしたもんね(笑)。

 

ターザン だから上にいる馬場さんに、“下界”に降りてきましょうと。ファンの声も直接聞きましょうということで、星陵会館でトークショーをやったりとかね。全部俺が考えたんですよ!

 

玉袋 そのとき、エースであるジャンボはどうしてたの?

 

ターザン ジャンボはね、何も考えてない!(キッパリ)。

 

一同 ガハハハハ!

 

ターザン だから説得するのは、馬場さんのほうがまだラクなんですよ! ジャンボは経営に参加しようとか、全日本プロレスを良くしよう、プロレス界を良くしようという気持ちがまっっったくないんですよ!(これまで以上に大声で)。

 

玉袋 究極のマイペースだね(笑)。

 

ターザン ジャンボは自分の世界だけで生きるじゃない? 後輩の面倒みるとか、後輩にメシおごるとかそういうこともしないから。天龍さんみたいに夜は飲みに連れていったりね。

 

玉袋 その頃天龍さんと山本さんはどうだったんですか? まだレボリューションを起こしてない?

 

ガンツ ちょうど起こしてたぐらいですかね。

 

玉袋 そこらへんのアイデアは山本さんが出してないんですか?

 

ターザン ボクは出してない。ただボクが言ったのは、「まず後楽園ホールを満員にしましょう」と。そして「後楽園ホールを満員にしたら、それをそのまま地方に持って行きましょう」と。これはほかの団体はやってないから。そしたらそれを天龍がやってくれたじゃない?

 

ガンツ 地方でもまったく手を抜かず、毎回、20分以上の激闘をやってましたよね。 

 

ターザン そして武道館大会を満員にしましょうと。後楽園と地方を活性化させる、この二つをやれば、お客が雪崩のごとく入るからということで。だから最初は全日本も、後楽園を満員にするために手売りしたりとか、ものすごい努力をしたわけ。

 

ガンツ あれは最初、手売りで満員にしてたんですか。

 

ターザン あれは一般客が入ったんじゃないんだよ。手売りして、営業したわけですよォ!

 

椎名 それで後楽園満員伝説をでっちあげて(笑)。

 

ターザン 新生UWFの旗揚げ戦が15分で完売したとか、『週プロ』の表紙にしたでしょ? あれも売れてませんよ! でっち上げですよおお! あれと一緒のことをしたんですよォォォォ!

 

ガンツ UWFで成功したから、全日本でもでっちあげよう、と(笑)。

 

ターザン で、実際に後楽園は毎回満員になるようになって、それが武道館にも波及して、あの広い武道館も満員になるようになったんだよね。

 

玉袋 そのときに馬場さんから「誌面のほうでも協力してくれ」とかそういうことは言われたんですか?

 

ターザン 馬場さんは絶対言わない。

 

玉袋 山本さんが勝手に誌面を割いて、感情入れる文章を書いたりしたんだ。

 

ターザン そう、最初は新日本に独走させたらまずいって考えたわけですよ。

 

ガンツ 長州軍が新日本にカムバックしたあと、UWFが独立するまでは、すごいメンバーになりましたもんね。それに対して、天龍革命が始まる前の全日本は、もはや見るべきことな何もなし、みたいな感じで。

 

ターザン だからね、馬場さんとの距離が最初に縮まったのは、長州たちが全日本を離脱して、新日本に戻ったときですよ。あのときも馬場さんが困ってるとき、『週プロ』で独占インタビューをやったわけ。そこで馬場さんが長州の悪口というか、「契約破った」とかガーッと言ったわけですよ。馬場さんはそのとき、自分がこういう話をしても、マスコミは書かないだろうと思ってたわけですよ。書いたら、その人間の立場が悪くなるわけだから。

 

ガンツ 間違いなく長州力との関係が悪くなって、新日本出入り禁止になるリスクがあるわけですね。

 

ターザン そうなるから、馬場さんも書かないと思ったのよ。でもボクは、馬場さんが言ったことをぜ~~んぶ、3週にわたって大々的に載せたんですよォォォ!

 

ガンツ 3週にわたって延々と長州の悪口を(笑)。

 

ターザン それが俺と長州の仲が決定的に悪くなった原因だったから。

 

玉袋 案の定、「クソぶっかけてやる」となったわけか。 

 

ターザン でも、どっちかしか取るしかないんですよ。長州を取るか馬場さんを取るかで、俺は馬場さんを取ったわけですよ! 馬場さんとメシ食いたいから。

 

椎名 結局、メシが優先ですか(笑)。

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