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  • 2015.03.05

かつて「プロレスラーはロクな死に方をしない」と言い放った、菊田早苗が激白!「ボクが安生さん引退試合でプロレスの試合をする理由」

319日に後楽園ホールで行われる安生洋二引退試合。当初、「安生洋二&高山善廣&山本健一vs船木誠勝&鈴木みのる& X」として発表されたそのカード、注目の「X」は意外にも菊田早苗だった。菊田といえば、元Uインターの練習生ではあったが、プロ格闘家になったあとは、一時「反プロレス」の急先鋒的なイメージもあった選手。その菊田が43歳にして、初めてプロレスのリングに上がるのは、どんな考えがあってのことなのか。その思いを聞いた。

 

 

――安生さんの引退試合が3・19後楽園ホールで開催され、そのカードが「ゴールデンカップスvs船木誠勝&鈴木みのる&X」と発表されてましたけど。その「X」がまさか菊田さんというのは、意外というか、驚きましたね。

 

菊田 ボクも「まさか自分がこの試合に出るとは」って感じですけど。

 

――菊田さんといえば、なんと言っても「プロレスラーはロクな死に方をしない」という名言で有名ですからね(笑)。

 

菊田 アハハハハハ! いやいや(笑)。

 

――それだけかつてはプロレスを敵視していたこともある菊田さんが、いまになって初めてプロレスの試合に出ようと思った理由をまずうかがいたいな、と。

 

菊田 これはね、安生さんの引退興行だからということに尽きるんですけどね。安生さんから直々にお電話をいただいて、「協力してほしい」と言われたとき、自分ができることは何かと考えたんですけど。ここで柔術の試合をしても意味がないし、でも、自分にできることはリングに上がることしかできないんで。それに、いまはもうプロレスと格闘技の垣根もなくなったというか、プロレスはプロレス、格闘技は格闘技でハッキリ分かれて、どちらも確立したと思うんですよ。

 

――つい先日は、あの青木真也選手がプロレスデビューをはたしてますしね。

 

菊田 えっ!  ホントですか!? 全然知らなかった。

 

――IGFでMMAではなく、プロレスの試合に出たんですよ。

 

菊田 あ、そうなんですか? ボク、しばらく海外に行ってたんで、最近のニュースがわからないんですよ。誰とやったんですか?

 

――ケンドー・カシン選手とのシングルマッチで、青木選手のフォール負けですね。

 

菊田 へえー、そうなんスかあ。それも時代ですね。だからね、自分もこれまでプロレスに対していろいろ言ったことはありますけど、要は昔って格闘技の選手をプロレスのリングに上げて、それで勝って「プロレスのほうが強い!」みたいなことをやっていたことがあるじゃないですか? (ペドロ・)オタービオとか、そういう話なんですけど。

 

――96年に新日本の横浜アリーナで行われた、伝説の武藤敬司vsペドロ・オタービオですね(笑)。

 

菊田 ボクからすると、「あれはないだろう」という悔しい思いがあったんで、ああいう発言にもなって。当時はけっこう、プロレスと格闘技の抗争があったと思うんですけど、いまは格闘技の選手がプロレスに上がっても、そんなのないじゃないですか? あと、ボク自身は格闘技色に思われてるけど、もともと目指していたのはUWFですからね。

 

――新日本とUインターの練習生だったわけですもんね。

 

菊田 とくに、Uインターにはずっと憧れていましたから。それで先日、安生さんから電話がかかってきたとき、Uインターを辞めてプロレスラーになるのをあきらめた日のことを思い出したんですよ。あのとき、ボクはUインターを出戻りで、ヤマケン(山本喧一)さんとのスパーリングで腕を脱臼してしまって、ボクがうめき声をあげてるとき、周りはみんな「あ~、やっちゃった」みたいな空気で見てるだけだったんですけど。安生さんだけは、「おい、救急車呼ばなくていいのか? 救急車!」って、ボクをかばうようなことを言ってくれたんですよね。

 

――腕を外されても、安生さん以外は何もしてくれなかったんですか。

 

菊田 でも、当時の道場っていうのは、そういうのが当たり前の世界だったじゃないですか。そんな、出戻りで練習生にもなれてない人間の腕が外れたって「そんなの知らないよ」みたいな。「おまえ、使えないな」って、蹴飛ばされて追い出されてもしょうがないくらいですから。

 

――すごい世界ですね。

 

菊田 ボクもそれが当たり前だと思ってたんで、それはいいんですけど。でも、そういう世界でありながら、優しかった安生さんっていうのは、あれから20年以上経ってますけど、ずっと憶えてるんですよね。トップ選手が練習生を気にかけてくれることだって、ふつうはない時代ですから。その安生さんが引退されるというときに、「やってくれよ」と言われたら、これは非常に……感極まるものがありましたね。プロレス挫折者である自分が、まさかこういう形で恩返できるときがくるなんて。だから、ボクがプロレスのリングに上がるというのは、安生さんだからということで、たぶんこれ1回限りだと思います。

 

――しかも、6人タッグとはいえ、安生さんの引退試合の相手を自分が務めるとは思わなかったんじゃないですか?

 

菊田 もちろん、そうですね。「協力してほしい」と言われて、「はい」と答えはしたものの、ボクがシングルで闘っても、あまり関係の薄い相手とやっても、意味がないなと思って。実際、出場は厳しいのかなと。そんなとき、このメインのメンツを見てたら、ここなら自分が出て意味があるんじゃないかと。逆にここ以外だったら出てもどうなのか。そこで、その思いを伝えたところ、安生さん、鈴木健さんが、「それでいこう!」「それで決まり!」とすぐに言ってくれました。

 

――「安生&高山&ヤマケンvs船木&鈴木&菊田」というカードは菊田さんの直訴で決まったんですね。

 

菊田 でも、船木さん、鈴木さんと来たら、もう一人はそりゃあ「藤原さんがいいんじゃないですか?」って思いましたよ。なので、直訴しつつも、その気持ちもお伝えして。「それでもボクのほうがいいと思ってくれるならやります」と。ここちょっとややこしいんですけど(笑)。

 

――本当に藤原さんじゃなくて、自分でいいのなら(笑)。

 

菊田 だからボクの出る幕じゃないとは思ったんですけど、メインのメンツは自分にとっても意味がある人たちばかりだったんですよね。安生さんはもちろん、ヤマケンさんは自分が腕を脱臼させられた相手だし、また高山さんもボクがUインターに1回目に入門したときの、すぐ上の先輩なんですよ。

 

――直近の先輩だったんですね。

 

菊田 高山さんが半年入門が早くて、新弟子時代は二人で掃除とかやらせていただいた方なんです。

 

――すぐ上の先輩だから、雑用なんかもイチから高山さんに仕込まれて。

 

菊田 ええ、凄く細かく。掃除のやり方、ちゃんこの作り方とか、全部細かいルールがあるんですけど、それを全部事細かに教えてもらって。道場って、ちゃんこの時の竹輪とキュウリのつまみひとつでも、切り方とか全部細かく決まってるんですよ。ボクは雑なほうだから、「うわあ、こんなこと毎日やんなきゃいけないのか……」って思ってたんですけどね。だから、高山さんとも短いながらも、そういう濃いお付き合いがありましたし、あと船木さん、鈴木さんというのは、パンクラスで一緒にやってたメンバーじゃないですか。

 

――一緒にやってはいましたけど、それぞれパンクラスの東京道場、横浜道場、グラバカと別々でしたから、その3人が横に並ぶことって、まずなかったですしね。

 

菊田 ないですねえ。

 

――また、とくにソリが合う3人でもないでしょうから、当時のパンクラスを知ってるファンからすると、ありえないトリオですよ。

 

菊田 だから、これは安生さんのメモリアルマッチなんですけど、自分にとってもかなりのメモリアルマッチなんですよ(笑)それでも「やっぱり、藤原さんのほうが良かったんじゃないかな?」って思っちゃうんですけど。

 

——いまだに思ってますか(笑)。

 

菊田 ボクがなんでこんなにこだわってるかっていうと、ボク自身がその時代のファンなんですよ。藤原さん、船木さん、鈴木さんの関係っていうのは、新生UWF時代、もっと言えば、その前の新日本時代から見ていたんで。で、その次の時代は自分が選手としてやってたんので、逆にファンにどう見られてるのかわからないというか。普段ならここまで考えないですけど、今回のメインは本当に特別な試合なので。

 

――でも、安生さんの希望としては、自分が一番純粋に試合に没頭していた時代、新生UWFやUインター時代にやっていたような試合をもう一度やりたいということで、それができる相手とやりたいということですから。

 

菊田 ああ、そう言ってましたね。

 

――そう考えると、藤原さんのようなレジェンドではなく、世代が近い選手たちと、プロレスの試合でありながら、格闘技の技術をぶつけ合う試合ということで、「船木、鈴木、菊田」がいいんだと思いますけどね。

 

菊田 そこに自分を入れてもらえるのは光栄なんですけどね。ただ、「X」として発表すると、みんな藤原さんだとか長州さんだとかを期待されちゃうから、普通に出して欲しかったんだけど(笑)。

 

――ダハハハハ! 「なんだ、菊田か」と言われたくない(笑)。

 

菊田 いや~、ボク自身が「藤原さんのほうがいいんじゃないか」と思ってましたからね(笑)。でも、もともとプロレスラーになりたかったのになれなかったボクが、43歳にして、自分の夢であったプロレスのリングにあがらせてもらえる。しかも、安生さんの引退試合の相手をやらせていただけるというのは、ありがたいです。また、最初に言ったように、プロレスと格闘技がある意味、抗争していた時代があって、そこでいろんな発言があったボクが出るというのも面白い……のか、ヒンシュクなのかはわからないですけど(笑)。注目してもらえたらいいですね。

 

——でもあの時代、90年代の格闘家って、修斗の選手も含めて、みんなもともとタイガーマスクやUWFに憧れた人たちが大半ですもんね。

 

菊田 結局はそうなんですよね。だから、ボクはいま格闘技の道場をやってるじゃないですか? その代表がプロレスをやるのはどうなのかなっていう思いもあったんですけど、ジムのみんなは割と快く「やったほうがいいですよ」って言ってくれたんで。やっぱり、言ってもプロレスファンは多いから、受け入れられるんですよね。

 

――格闘技とプロレス、対立の時代は終わったんですよね。

 

菊田 終わったんですねー、そうかもしれない。自分もね、海外に行くと向こうのプロレス番組をよく観るんですけど、確かに面白いんですよ。それで何が面白いかを考えたとき、観客が熱狂したり、楽しんだりするシチュエーションや空気をちゃんと作ってるから、面白いんだろうなと思って。逆にいま、日本の格闘技で、そういう世界を作り出してるところって、あんまりないんですよ。

 

――いまはファンが会場に来るというより、選手の応援団が来る感じになってますもんね。

 

菊田 でも、昔のPRIDEとか、ボクらが出てた頃のパンクラスなんかも、ちゃんとそういう世界を作ってたじゃないですか。だから、みんなその舞台に憧れたし、「出たい」って思ってたと思うんですよ。ボクがUWFやUインターに憧れたのも、そこだったんですよね。逆にボクは格闘技が好きですけど、そういう世界じゃない、キックボクシングやボクシングには出たいと思わなかった。そういう意味で、いまの格闘技はボクが憧れていたものとはちょっとまた違うものになっているのかもしれない。

 

――要は華やかな「プロの世界」に憧れたってことですよね。

 

菊田 そうですね、そういうことです。「それなら、UFCがあるじゃないか」と言われるかもしれないけど、あれは海外のものだし、またちょっと違うんですよ。そう考えると、いま格闘技で、自分自身もファンの人もすごい燃えるような相手や舞台がないのが寂しいですね。

 

――昔のパンクラスism vsグラバカなんていうのは、やってることはもちろん格闘技なんですけど、観る側の興奮は、プロレスの団体対抗戦と共通するものがありましたからね。

 

菊田 自分は、そういうドキドキ、ワクワクするするものをやりたいし、見せたいっていう気持ちがあるんですよね。カードが発表されたとき、そのメンバーがリングに立ったときの画が浮かんできて、それだけで楽しみになるような感じというか。それをやるためには、選手それぞれがキャラクターがしっかりしていて、選手自身に魅力がなきゃダメだと思うんですよ。そういう選手が揃っていたのが、数年前はPRIDEで、いまは新日本プロレス。だから、あれだけお客さんが集まって、盛り上がってる。まあ_、何を言いたいかというと……リアルは大好き、でもリアリティはもっと好き。やっぱり、リアルをやるにもリアリティがなければダメなんですよ。これは、ガチだとかガチじゃないとかそういう次元の話しじゃないですよ(笑)。

 

――そこにたどり着きましたか(笑)。

 

菊田 やっぱり、プロであるからには、人が観て、人が何を感じるかだと思うんですよ。とくに我々の世代は、そういう時代に生きてきたんで。それは映画にしても、ほかの娯楽にしても、そうだと思うんです。ボクも43歳になって、自分が現役のあいだにやれることは少ないんで。どうせやるんだったら、自分が出て、自分にしか出来ないことをやりたい。なので、みんなに合わせようなんて、これっぽっちも思ってないですよ。そういう意味で、安生さんの引退試合に出られるのは、不安もありますけど、楽しみなんですよね。

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